スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
人生は甘くないカクテル
陽芽子は今日も、IMPERIALのバーカウンターで甘いカクテルを口にしていた。
カカオリキュールと生クリームが綺麗に二層になった『エンジェル・キス』は、食後のデザートのように日々の疲れを癒してくれる。でも今日はなぜか、あまり甘さを感じない。
理由はきっと、陽芽子の隣に座って『ブラック・ルシアン』なんて度数の強いカクテルを口にする啓五がいつもと同じ態度だから。陽芽子が密かに緊張していることなど、全く気にしていないように。
あの後『離れて下さい』とお願いすると、啓五は腕に込めた力をゆるめて陽芽子を解放してくれた。慌てて距離をとると不満そうな顔をされたが、結局は何も言わずにコールセンターを出て行ってしまった。
意味がわからない。
否、本当は全くわからないわけではない。
啓五はおそらく、陽芽子をただの飲み友達以上に思ってくれている。だから仕事とは言え距離が近かった春岡に対して鋭い視線を向けて、言わなくていいプライベートのことをわざわざ口外して、嫉妬の感情を向けてきたのだろう。
その気持ちは嬉しい。
けれど陽芽子は―――
「陽芽子」
物思いに耽っていると啓五が急に声をかけてきた。顔を上げると黒い瞳と目が合い、思わずたじろいでしまう。
「な、なに……?」
「連絡先教えて」
何を言われるのだろうかと身構えていた陽芽子は、啓五の意外な要望を聞いて思考がピタリと停止した。
啓五と連絡先を交換しても、連絡をとることはないと思う。実際ここで啓五と会うようになって数か月が経過しているが、その間彼に連絡を取る状況になったことはない。
「え……必要ある?」
先日リップスティックを忘れたからそんな事を言い出したのかと思ったが、啓五の回答は陽芽子の予想から少し外れていた。
「声、聞きたいから」
「……え?」
「好きなんだ、陽芽子の声」
「あ、あの……」