スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
陽芽子は恋人の声を聞くだけで元気をもらえていた。けれど相手にとって陽芽子との電話越しの会話は気が張って疲れるやりとりだったらしい。だから啓五の何気ない言葉が、ただ嬉しかった。
「陽芽……」
「あれ? 課長だ」
啓五が口を開いた瞬間、手にしていたスマートフォンがヴヴヴと震え出した。バイブレーション機能が作動した画面には『春岡課長』と表示されている。
啓五にもその表示が見えていたらしく、直前まで楽しそうに話していた啓五の表情が一瞬で曇った。
「……何時だと思ってるんだ」
「え、まだ二十一時でしょ?」
「仕事の時間は終わってるだろ」
啓五は仕事の時間とプライベートの時間を混同することを嫌うらしい。過去にもここで副社長と呼ぶことを嫌がられたことがあった。さらに春岡に対する冷めた態度も目の当たりにしているので、彼の不機嫌の理由は容易に想像できる。
しかし電話がかかってきたのは啓五ではなく、陽芽子だ。
「急ぎかもしれないから、ちょっとかけ直してくるね」
不満げな啓五を一旦放置すると、バッグを手にして席を立つ。環に声をかけて店の外に出ると、すでに切れていた電話の履歴に折り返した。
春岡が出るのを待ちながら、何かを言いかけていた啓五の表情を思い出す。しかし三回目のコール音が途中で切れると同時に、啓五の不機嫌な表情は思考の外へ抜けていった。
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「では明日の朝まで、システムが落ちてるんですか?」
陽芽子の問いかけに、電話の向こうの春岡が低く頷いた。
彼の話によると業務後から予定されていた社内システムのメンテナンス前にバグが見つかり、その修正に手間取って当初のメンテナンス開始が大幅に遅れているらしい。