スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
いつの間にやって来たのか、後ろから啓五の低い声が聞こえた。その声に反応して、陽芽子も振り返ろうと思った。
けれど振り返れなかった。
すぐ傍まで来た啓五に背後から抱きしめられたせいで、そのまま身動きがとれなくなってしまう。
「え、ちょっ……?」
「また明日、って何?」
啓五の腕が胸と腹に回り、そのまま力を込められる。強い力と同時に左肩に頭を乗せた啓五が、耳元で大きく息をついた。
「俺とは次の約束なんてしたことないのに」
何故か呆れられている。
と思ったら、違った。
啓五はまた怒っていた。
「えっ……明日って、普通に仕事で」
「もういい」
鼓膜を直接震わせるほどの近距離で、啓五の低い声が身体の芯に響いた。
終わりを告げる言葉を残し、力を緩めた腕がそっと離れていく。だから解放の気配を感じて、ほっとしたのに。
「ゆっくり口説こうと思ってたけど、もう無理だ」
「……え?」
「陽芽子に、俺以外の奴を好きになって欲しくない。誰にも渡したくない。……だからもう、我慢すんのやめる」
唐突にそう宣言した啓五は、驚愕する陽芽子の左手を握るとバーの入り口から離れるように街の中へ向かって歩き出してしまう。
てっきり店に戻るのかと思っていた陽芽子は、ぐいぐいと手首を引っ張りながら先を歩く啓五の様子に慌ててしまう。
「ちょっ……!」
IMPERIALはオフィス街の外れにあり、クラルス・ルーナ社ともさほど離れていない。二十一時を回ったこの時間に顔見知りの社員に遭遇する可能性は低いと思うが、万が一ということもあり得る。
副社長なんて、雲の上の存在と一緒にいるところを誰かに見られたら誤解される。そう思ったら、大きな声を出して注目を集めることをためらってしまう。
だから誰にも見られないうちに、その手を振り解いてしまいたかったのに―――……