スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
スノーホワイトは恋を認めない
歩きながら環に連絡をいれた啓五が、店に戻らず会計を済ませてしまったことには驚いた。だがそれよりも、啓五の住む場所が会社の傍にある高級マンションだったことの方がよほど驚いた。
啓五はその建物の高層階にある一室へ入るなり、陽芽子の身体を抱きしめて強引に唇を重ねてきた。
「っ、……啓五くん……! まって……!」
慌てて身体を押し返すと、息継ぎのために一瞬は待ってくれる。でもすぐに長い指に顎先を掬いとられ、制止も聞かずに激しいキスが繰り返される。貪るように、待てが出来ない犬のように。
「ん……、やっ……」
「陽芽子……」
離れた唇に名前を呼ばれると、全身から力が抜けてしまう。足元がおぼつかずフワリとよろめくと、啓五がそっと身体を支えてくれた。
けれど陽芽子を見つめる瞳はあの日と同じ。まるで餌を前にした肉食動物のよう。
「好きだ」
ふいに、そして明確に呟く。
低い声と陽芽子を見つめる表情は、切ないほどに必死だった。
「陽芽子が、好きなんだ」
黒い輝きに囚われていると、再び愛の言葉を重ねられてしまう。その響きに心臓を射抜かれ、鼓動が重く甘だるい音を立てる。
本当は陽芽子も、啓五が向けてくれる特別な感情に気が付いていた。それが自分の勘違いじゃないことも心のどこかで理解していた。恋愛で失敗してばかりの冷えた心を救い上げ、そっと包み込んでくれる優しさが嬉しかった。
けれど今の啓五が恋に現を抜かしている状況にないことはわかっている。まだ副社長に就任したばかりの大事な時期であることも、今後目指したい高みがあることも知っている。
しかし陽芽子には啓五を待っていられない。彼のように恋愛を後回しにする時間も、悠長に恋愛を楽しむ余裕もない。はやく結婚したいと思っているのだから、次に恋をするなら結婚願望のある男性を選びたい。