スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「啓五くんのこと、嫌いじゃないよ。でも私、結婚のこと真面目に考えなきゃいけない年齢なの」
「……陽芽子」
陽芽子は現在、三十二歳。親にも結婚を促されているし、子供が欲しいと思うなら出産のことも考えなければいけない年齢に差し掛かっている。恋愛を楽しんで終わるだけの関係に、もう長い時間を使うことは出来ない。簡単には決断できない。
「もちろん、気持ちは嬉しいけど」
本当は啓五が向けてくれる気持ちが嬉しい。好きだと言って、可愛いと囁いて、ただの上司に本気で嫉妬する。陽芽子に向けてくれる感情が本物であることはわかっている。
けれど啓五は年下で、一ノ宮の御曹司で、今はまだ結婚願望がない。そんな啓五と付き合うなら、陽芽子には考えなければいけないことがある。
「少しだけ、考えさせて欲しいの」
ちゃんと考えたいと思う。
自分がどうしたいのか、どうするのが正解なのか。
もう啓五に向けられる好意に気付かないふりなんてしないから。
「……わかった」
陽芽子の懇願に、啓五もしぶしぶだが納得してくれた。静かに頷く声を聞いて、陽芽子もようやく顔を上げる。
本当は啓五も今すぐ答えが欲しいと思う。じっと見つめる瞳も、甘い口付けも、優しい言葉も、陽芽子が好きで好きで仕方がないと教えてくれる。独占したいと言っている。
ふと啓五の顔が耳元に近付く。そして低く囁く声が、陽芽子のすべてをまたゆるやかに追い詰める。
「まぁ、断られても諦めるつもりないけど」
断っても追いかけると宣言されてしまい、思わず身体が硬直する。それも本気だと直感する。
顔を離して見つめ合った啓五が、更に不満そうな顔でぼそりと呟いた。
「あと、春岡由人は既婚者だからな」
「知ってるわよ! ただの上司だってば!」
……やっぱり啓五は、人の話をちゃんと聞くべきだ。