スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
陽芽子を熱心に口説く啓五から、今まで他の女性の存在を感じたことはなかった。
でも、なんだ。好きとか言いながら他にも思わせぶりなことを言ってる相手がいるんだ……と、複雑な気分を味わうのも束の間。
「なんか秘書がどうのって言ってたけど」
「え……?」
ここ最近の忙しさですっかり忘れていた人物が脳裏をかすめ、もやもやとした感情が一瞬で吹き飛ぶ。代わりに得体の知れない肌寒さが、背筋をザワリと走り抜けた。
「え……その人、鳴海優香って名乗った?」
「あれ、何で知……え、もしかして本当に秘書なの!?」
焦ったような声を出す環に、こくんと顎を引く。
鳴海が啓五の秘書であることはクラルス・ルーナ社に勤める者ならば誰もが知っている。けれど社員ではない環は、関わりのない秘書までは把握していなかったのだろう。陽芽子の反応を見た環は、自分の失敗に気付いてさっと表情を曇らせた。
「あちゃー、それは悪い事したな。本物の秘書さんなら追い返さなかったのに」
IMPERIALは会員制のバーだ。環は既存会員の紹介のない者の入店を断っただけで、特別変わった対応をした訳ではない。環の対応は何も間違っていない。察するに、啓五の名前を出して彼に近付こうとする人はこれが初めてではないのだろう。
それにしても彼女は何故、事前に啓五に確認もせずにここへやってきたのだろうか?
秘書である鳴海が、啓五の予定や居場所を把握していること自体はおかしなことではない。だがもし仕事で緊急の用件があったのなら、ここに足を運ぶ前に啓五に直接連絡をすればいいはずだ。なのに何故――?
「……」
陽芽子は唐突に、えぐみの強い果実を齧ったような気分を味わった。