お見合い相手が変態御曹司でした

5. お見合い相手が豹変しました

「あし……なめ……?」

 私が絶句していると、柊平さんは綺麗な顔で笑いながら、酷い台詞を口にした。

「……今夜はホテル(ここ)に部屋をとってある」


 こんな台詞、漫画かドラマの中でしか聞かないと思っていた。まさか自分が言われるとは。
 私がこの人をぶん殴って「さよなら!」と言って帰宅しても、両親は怒らないだろう。一人娘である私を大切にしてくれている父と母が、娘を売るような真似をするとは思えない。

 でもきっと会社は潰される。
 もし、木島グループの傘下におかれるなら、約三百人の従業員が職を失うことにはならない。でも『榎伸工業』という社名はなくなり、父は代表取締役から外されて無職になるだろう。

 私の祖父が創立した小さな会社。

「『榎本』が『伸びる』ようにと付けた名前だよ。単純だけど、ばあちゃんと二人で考えたから、じいちゃんは気に入ってるんだ」
 
 祖父は幼い私に、何度もこの話をした。祖母が亡くなったあと、創立時を懐かしむように昔話を繰り返した。そして私は、祖父の若い頃の話を聞くのが大好きだった。苦労に苦労を重ねた祖父母の物語は、私にとっては冒険譚みたいなものだった。
 その祖父が病気を理由に勇退して、父が事業を引き継いだ後も、古参の社員さん達が懸命に支えてくれて、会社は僅かながらも発展している。幼い頃から社屋にも出入りして、社員さん達にも可愛がられていた私は、皆さんを家族のように思っていた。

 その家族を人質にした柊平さんを睨み付けて言った。

「いやだと言ったら?」
「……あなたはさっき、私と結婚前提で付き合うことを承諾しなかったかな?」
「だってさっきまでは……! さっきまで私は……柊平さんのこと……」

 柊平さんの事を好きだと思っていた。
 今は何が違うんだろう。
 私は何に怒ってるの?
 騙されてた事? 演技していた事?

 でも、手を繋いで一緒に散歩をしていた時、私はとても幸せだった。
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