その街は幻
「…ごめんね…僕はもう行かなきゃ……」

きさらぎさんはポツリと言う。

「あ…そうですよね…。はい……」

私はとても寂しかった。でも、もう一度会えたらいいなと本当に思う。

「気を付けて帰って、ミカちゃん。」

きさらぎさんの顔が、悲しそうに歪んだ気がした。
私も泣きそうになりながら別れを言う。

「っ…きさらぎさんがいてくれて、本当に良かったです…!ありがとうございました…!また、いつか…!!」

「ありがとう…!さよなら…ミカちゃん…」

私がお辞儀のままお礼を言って、後ろを向いたその直後、きさらぎさんが歪んだ所に向かうのに気付いた。

あっ、と思った時にはもう、きさらぎさんも、歪みも消えていた。

「きさらぎさんっ…!!」

なぜ気付かなかったんだろう…
あんなに慎重だったきさらぎさんが、いきなり現れた歪みに、入って大丈夫そう、なんて言ったのに……
あんなに悲しそうにしていたのは、自分は戻らない気だったからで…

きっと私を逃がすために、あの人に約束して……



「実花〜、休み中になんかあった??なんていうか…ハキハキした感じになったね?」

「…そう??」

突然迷い込んだ街。
自分から積極的に動くほうじゃなかった私は、きさらぎさんと街を出るために、自分が動ける限りに動いたつもりだった。

…だとしたらそれは、きさらぎさんのおかげ……

「ねえ、そういえばさ、舞台俳優の『如月春来《きさらぎはるき》』が失踪だって…!!」

「え……」

私はドキッとした。

「失踪、なんて怖いね〜!」

「今度の期待作の初主演映画、公開されるのかなあ?」

「ね〜!?何があったんだろうね??……」

「……。」

私は知っている…
きさらぎさんはまだあの街にいるんだ…あの『街』と約束して、街を『生き返らせる』ために……

人形さんたちももういない街で、きさらぎさんはどうするんだろう?
私はまだ、助けてもらったお礼も言っていない……
私はただきさらぎさんに、街から逃してくれた感謝をしながら、また会える日を待つしかない…

…私はまたいつか、迷い込むんだろうか…
あの『人』ときさらぎさんがいる、あの街に……
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