あまりにも遅いから、もうアイツのことは忘れようと思います
あーあ。
この雨が、ぜ〜んぶみかんジュースだったらいいのに。
あなたを待ってる間、退屈になっても雨を口に入れるだけで笑顔になれるのに。

渋谷駅ハチ公前。
晴れていれば、テーマパークの人気アトラクションの待機列並みの人口密度になるが、今はうまい具合にソーシャルディスタンスができている。
とはいえ、だ。
約束の時間を、とうに超えているのにも関わらず、一向に姿を見せることをしない恋人未満のあいつは、待ち合わせ相手を待たせることを何とも思わないのだろうか。

「私、何してるんだろ」

おろしたての、腕を透けて見えるようにしたとっておきのブラウスには、容赦無く雨の滲みが滲み、2時間かけてじっくり作り込んだメイクも、失敗した水彩絵みたいに、見苦しいものになっていることだろう。

どうせなら、透明な水よりも、大好きなみかん色に染まることができたなら、まだ気持ちが晴れやかになるというものだ。
チクタクと、アナログ時計の秒針が規則正しく音を鳴らし、その振動が私の焦りを呼び覚ます。

「帰ろうかな」

今日ここに来る直前に一目惚れして買ってしまったヒールも、雨が染みて気持ち悪い。店のサービスでかけてもらった防水スプレーは慰めにならない。

今日はとっても素敵になる日だったのに。
だから、普段はほとんどしないヘアアレンジも、YouTube動画を見ながら頑張ったし、今日に合わせて少しずつダイエットもした。
たった一言「素敵だね」という言葉を彼の口から聞きたかったから、大好物のモッツァレラチーズは我慢して、カッテージチーズばかり食べた。
こんなことなら、昨日コンビニに行った時に誘惑に負けておけば良かった。

「ラインくらいしろ、ばーか」
居場所確認のこちらからの発信に、既読はついていても、うんともすんとも言わない。
いつもは特に用事もないのに、どこ見てるかよくわからない目をした動物のスタンプを、あっという間に10個連続で送ってくるのに。
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