お前さえいなければ

いらない子

この国で一番栄え、帝都と呼ばれるこの街にアヤメは住んでいる。赤矢羽の柄の着物に黒い袴を履いた彼女は、服装を見れば誰もがお嬢様だとわかる。

アヤメの家は、いくつもの会社を経営する所謂名家だ。男はみんな巨万の富と権力を手に入れたいと、縁談を申し込んでくることも少なくない。

家は洋風の豪邸、家事は全て使用人がこなし、豪華な着物がいくつもあり、何不自由ない生活だ。しかし、アヤメの顔に笑顔はない。

「ただいま帰りました」

女学校での授業が終われば、まっすぐ家に帰る。寄り道をしてはいけない、というのがこの家の決まりだ。恥を晒すような真似をして名家の顔に泥を塗られては困るからだろう。

アヤメが家に入ると、使用人の一人が「おかえりなさいませ」と機械的に言う。そして機械的にアヤメの手からかばんを受け取り、舞の稽古がもうすぐ始まるので準備をするように言ってきた。

「はぁ……」

豪華絢爛な自室に入り、完全に一人になるとアヤメの口からため息が出る。お前はこの家の人間として相応しくない、そう使用人が言いたいのがわかっているからだ。