瞳を閉じれば
春……それは別れと出会いの季節……なんて事を色んなところで聞く。確かにそうなんだろうと私は思う。現に私も今日で中学校を卒業する。長いようであっという間の三年間だった。
卒業式も終わり、教室に戻ると先生が私達に最後の話しをしている。だけど、私はそれを上の空で聞いていた。
涙ぐみながら話しをしている先生、窓の外をぼやっと見ている私。
そして、学級委員の田辺君が最後に先生へとお礼の言葉を言っている。どこかで聞いた事のあるようなないような、そんな中身であった。私はそれを聞きながら、クラスメイトや教室の後ろにいる保護者達に見つからないようにふわぁっと欠伸をすると、眠たい目を擦りつつ、教室の前に掛けてある時計へと目をやった。
もうすぐ帰れる……
私は早く帰りたかった。早く帰って、大好きなお姉ちゃんに会いたかった。
お姉ちゃんは二十六歳、私は十五歳。
年の離れたお姉ちゃん。
三人兄妹の末っ子の私は、その姉からとても可愛がられて育ってきた。お風呂もつい最近まで、時々一緒に入っていた位だった。
そんな姉も来週の日曜日に結婚し、家を出ていってしまう。
いつかはそんな日が来る事は分かっていた。でも、頭で分かっていても心はそうはいかなかった。お姉ちゃんの幸せそうに話すその表情を見ると駄々を捏ねて困らせたくなかった私は、お姉ちゃんの結婚するその日まで、出来る限り一緒にいようと思ったのだ。
今日は佳奈の卒業式だから会社を休んでお祝いしてあげる。
そう言っていたお姉ちゃん。
私はお姉ちゃんのその言葉のせいで卒業式よりもその事で頭がいっぱいになっていたのだ。
そして、最後の挨拶が済むと私は母を急かし家路へと向かった。
校舎を出るとふわりとした風が私の頬を撫でていく。それは澄み渡る空から注ぐ柔らかな陽射しと相まって、とても心地よかった。
さっきまで急いで帰ろうと思っていたが、校舎から正門まで続く桜並木を歩いていると、ふと、足を止めて校舎を振り返った。
たくさんの友達が出来た三年間。
いくつかの恋もした三年間。
嬉しい事も、悲しい事も、それなりにあった三年間。
私は校舎へさようならと呟くと三年間を過ごした中学校を後にした。
三年間通った通学路。晴れた日はもちろん、雨の日も雪の日も色んな風景を私に見せてくれた。
いつも通る堤防に咲く黄色の菜の花が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。もう、あまり通ることの無くなるこの堤防。きらきらと眩しく光る川面。風に流されながらもひらひらと飛び交うモンシロチョウ。早く帰ってお姉ちゃんと過ごしたい。その気持ちと裏腹に私の足はゆっくりとこの道を歩いていく。
その隣で私の歩調に合わせて歩いてくれる母。
「気持ちが良いね」
春の風に吹かれ、気持ちよさそうに目を細めて笑っている母の言葉に頷くと、うぅんっと背伸びをした。
本当に気持ちが良かった。
四月からは高校生。
そして、姉がいなくなる生活。
「ねぇ……お母さん」
「なぁに?」
「私ね……お姉ちゃんが大好き」
「知ってるわよ」
お母さんは私の言葉にふふふっと笑っている。
「あなたは小さな頃からお姉ちゃんっ子だったじゃない。それにお姉ちゃんも佳奈をたくさん可愛がっていたしね」
何を今更……と言うような顔をして私を見ているお母さん。
「本当に仲良し姉妹よ……あなた達は」
仲良し姉妹……
「お姉ちゃん……結婚しても仲良し姉妹でいてくれるかな……」
「当たり前じゃないの。確かに会える事は少なくなるけど、それでも、あの子はあなたの事が変わらず好きでいてくれるわ」
未来の事なんて分からない。
本当に私とお姉ちゃんがずっと仲良し姉妹であるかどうかも。
それでもお母さんがそう言ってくれた事がとても、とても嬉しかったし、根拠なんて何にもないけど、ずっとずっと私の事を好きでいてくれる、そして、私も好きでいられると思えた。
うふふっと母へと笑いかける私に、何よ、気持ち悪いわねと苦笑いしているお母さん。
お母さん、ありがとう。
私は晴れ渡る空の下を母と並んで歩ける事がこんなにも嬉しい事だと初めて知った。
「お姉ちゃん、幸せになると良いね」
「そうね。祝福してあげなきゃね」
菜の花の続くこの堤防。
私はお母さんの手をそっと握った。するとお母さんも私の手をぎゅっと握り返してくれた。
何年ぶりだろう、お母さんと手を繋ぐのは。
私は自分の気持ちがほんわりと暖かくなっていくのを感じた。
春夏秋冬。
流れるゆく季節。
お姉ちゃんからたくさんの思い出を貰いました。
これからも、たくさんの思い出を作っていきましょう。
瞳を閉じれば、お姉ちゃんの笑顔が浮かんでくる。
私は空を見上げた。
お母さんも同じように見上げた。
空はとても青く澄んでいる。
ゆっくりと流れる雲。
「さぁ……私も四月から高校生!!」
ありがとう、お姉ちゃん。
ありがとう、お母さん。
「たくさん青春しなくちゃね」
「うんっ!!」
私は笑顔でそう答えると、お母さんの手をもう一度ぎゅっと握りしめた。
卒業式も終わり、教室に戻ると先生が私達に最後の話しをしている。だけど、私はそれを上の空で聞いていた。
涙ぐみながら話しをしている先生、窓の外をぼやっと見ている私。
そして、学級委員の田辺君が最後に先生へとお礼の言葉を言っている。どこかで聞いた事のあるようなないような、そんな中身であった。私はそれを聞きながら、クラスメイトや教室の後ろにいる保護者達に見つからないようにふわぁっと欠伸をすると、眠たい目を擦りつつ、教室の前に掛けてある時計へと目をやった。
もうすぐ帰れる……
私は早く帰りたかった。早く帰って、大好きなお姉ちゃんに会いたかった。
お姉ちゃんは二十六歳、私は十五歳。
年の離れたお姉ちゃん。
三人兄妹の末っ子の私は、その姉からとても可愛がられて育ってきた。お風呂もつい最近まで、時々一緒に入っていた位だった。
そんな姉も来週の日曜日に結婚し、家を出ていってしまう。
いつかはそんな日が来る事は分かっていた。でも、頭で分かっていても心はそうはいかなかった。お姉ちゃんの幸せそうに話すその表情を見ると駄々を捏ねて困らせたくなかった私は、お姉ちゃんの結婚するその日まで、出来る限り一緒にいようと思ったのだ。
今日は佳奈の卒業式だから会社を休んでお祝いしてあげる。
そう言っていたお姉ちゃん。
私はお姉ちゃんのその言葉のせいで卒業式よりもその事で頭がいっぱいになっていたのだ。
そして、最後の挨拶が済むと私は母を急かし家路へと向かった。
校舎を出るとふわりとした風が私の頬を撫でていく。それは澄み渡る空から注ぐ柔らかな陽射しと相まって、とても心地よかった。
さっきまで急いで帰ろうと思っていたが、校舎から正門まで続く桜並木を歩いていると、ふと、足を止めて校舎を振り返った。
たくさんの友達が出来た三年間。
いくつかの恋もした三年間。
嬉しい事も、悲しい事も、それなりにあった三年間。
私は校舎へさようならと呟くと三年間を過ごした中学校を後にした。
三年間通った通学路。晴れた日はもちろん、雨の日も雪の日も色んな風景を私に見せてくれた。
いつも通る堤防に咲く黄色の菜の花が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。もう、あまり通ることの無くなるこの堤防。きらきらと眩しく光る川面。風に流されながらもひらひらと飛び交うモンシロチョウ。早く帰ってお姉ちゃんと過ごしたい。その気持ちと裏腹に私の足はゆっくりとこの道を歩いていく。
その隣で私の歩調に合わせて歩いてくれる母。
「気持ちが良いね」
春の風に吹かれ、気持ちよさそうに目を細めて笑っている母の言葉に頷くと、うぅんっと背伸びをした。
本当に気持ちが良かった。
四月からは高校生。
そして、姉がいなくなる生活。
「ねぇ……お母さん」
「なぁに?」
「私ね……お姉ちゃんが大好き」
「知ってるわよ」
お母さんは私の言葉にふふふっと笑っている。
「あなたは小さな頃からお姉ちゃんっ子だったじゃない。それにお姉ちゃんも佳奈をたくさん可愛がっていたしね」
何を今更……と言うような顔をして私を見ているお母さん。
「本当に仲良し姉妹よ……あなた達は」
仲良し姉妹……
「お姉ちゃん……結婚しても仲良し姉妹でいてくれるかな……」
「当たり前じゃないの。確かに会える事は少なくなるけど、それでも、あの子はあなたの事が変わらず好きでいてくれるわ」
未来の事なんて分からない。
本当に私とお姉ちゃんがずっと仲良し姉妹であるかどうかも。
それでもお母さんがそう言ってくれた事がとても、とても嬉しかったし、根拠なんて何にもないけど、ずっとずっと私の事を好きでいてくれる、そして、私も好きでいられると思えた。
うふふっと母へと笑いかける私に、何よ、気持ち悪いわねと苦笑いしているお母さん。
お母さん、ありがとう。
私は晴れ渡る空の下を母と並んで歩ける事がこんなにも嬉しい事だと初めて知った。
「お姉ちゃん、幸せになると良いね」
「そうね。祝福してあげなきゃね」
菜の花の続くこの堤防。
私はお母さんの手をそっと握った。するとお母さんも私の手をぎゅっと握り返してくれた。
何年ぶりだろう、お母さんと手を繋ぐのは。
私は自分の気持ちがほんわりと暖かくなっていくのを感じた。
春夏秋冬。
流れるゆく季節。
お姉ちゃんからたくさんの思い出を貰いました。
これからも、たくさんの思い出を作っていきましょう。
瞳を閉じれば、お姉ちゃんの笑顔が浮かんでくる。
私は空を見上げた。
お母さんも同じように見上げた。
空はとても青く澄んでいる。
ゆっくりと流れる雲。
「さぁ……私も四月から高校生!!」
ありがとう、お姉ちゃん。
ありがとう、お母さん。
「たくさん青春しなくちゃね」
「うんっ!!」
私は笑顔でそう答えると、お母さんの手をもう一度ぎゅっと握りしめた。