√セッテン
「……眠れる森の王子様」


歌い終えた後、吐息を荒くしながら蔵持七海が口を開いた。

「この曲が、新しいアルバムの中で一番好き」

乱れた髪を掻き分けるようにして、一度後ろへ流す。

大きなガラスの瞳がよく見えた。

「好きな人と、ずっと一緒にいられたらって私も思います。春も、夏も、秋も、冬も、ずっと」

季節を挙げるたびに、蔵持七海の指が1本づつあがる。

「でもそんな気持ち、口にはできないから。歌にして伝えます。歌は自由で、……好きです。次は、カウントダウン」

蔵持七海が折った指が1本づつマイクに添えられていく。

そして次の曲のピアノソロが始まった。

「……コピーだけじゃなくて、オリジナルも歌えばいいのに」

敦子は巻き戻しをしているテープを見ながら、ポツリと呟いた。

「この子が、行方不明で、死んじゃってる……かもしれないんだね?」

「そうだね……」

敦子の言葉に山岡が応える。


…………………


俺は


俺は、というと、呆然としていた。



頭が真っ白になっていた。



蔵持七海のライブは2曲で終わった。

眠れる森の王子様、カウントダウン


その2曲だけで照明が落ちた。

ほんの10分もない

その10分で、色々なものでごちゃ混ぜになっていた頭の中を、見事なまでに真っ白にした。
< 144 / 377 >

この作品をシェア

pagetop