√セッテン
「夕方からは潤は千恵にレンタルね。私はおとなしく家で静養する」

「そうだな、お前は黙って試験勉強でもしてろ」

「ヤダ、嫌なこと思い出させないでよ、今足ズキってした!」

敦子のいつもの笑顔が、タクシーの中で花咲く。

敦子はやっぱり、笑っていた方がいい。

「敦子、何かあったら電話してね」

「うん、千恵も明日まだテストだし、キリいいとこであがってね」

入った小道でタクシーを止めた。

敦子財布をカバンから出そうとするのを手で制して押し出した。

敦子を降ろしてタクシーのドアが自動で締まる。

俺は運転手に二条駅西口へ行くように頼むと、前を見据えた。


暫く二条の景色を目で追っていると、20分ほどで駅へついた。

集合場所の駅西口で降りる。


「ね……敦子に…好きって、何回言われた?」

待ち合わせの交番前で、お互い無言だったのだが、山岡が話を切り出した。

雑踏に視線を投げたまま、山岡に答える。

「覚えてないよ。初めて言われたのは中学の時、それから事あるごとに言われてなんかもー頭の中の配列に入れとくのも忘れた」

「好きとは言わないまでも、付き合ったりはしなかったの?」

「あぁ、それならあるよ。敦子って呼んでるのもその名残みたいなもんだから」

「敦子、すごいよ……」

なにがスゴイんだろうか。

「でもそれで敦子とそれ以上は無理って答えが出たんだからすごいっていうのとちょっと違うだろ。山岡が想像してる付き合うっていうのとは、違うだろうし……」

「『潤と付き合う』って、いうのは相当高いハードルだと思う。それを一度でも越えられたのはすごいよ」

一体俺はどれだけその手がお堅い奴だと思われてるんだろう。

手にしていたオレンジジュースを半分くらい飲みきり、ゆらゆらと揺れている命の水を眺めた。
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