√セッテン
俺が調べた限りでは、特に大きな伝説や由来もない。

夏祭りや正月に参拝客でにぎわう程度で、地域の史跡というくらいの社殿だった。

「子供の頃よく遊んだよ、ほら、そこ」

運転手は速度を落として、視線をヨコへ投げた。

視線を追うと、石段が天へと伸び

最上段には朱い鳥居が鎮座していた。

真っ黒な木が揺れて、空との境界を主張してくる。


「六条八幡神社」


視線が六条八幡神社を捉えたのは一瞬。


蔵持七海の家


あの美しい狂気はここで生まれ

そしてここから姿を消した。


「ここは昔、すごい美人の女性が管理しててね、祭事の時には顔見たさによく石段登っていったもんなんだよ」

遠ざかっていく海に視線を取られながら、車は鳴海へ滑り込んでいく。

「外国の人と結婚したんだよ。そのせいかね、一時期修羅場があったらしいって、奥さんから聞いたね」

大人はそういうドロドロした話が好きだな。

半分以上右から左へ話が抜けていく。

「まー結局、外人さんは本国にとんずらしちゃって、散々だったって話だ。神社自体は小さくも大きくもない、普通の神社だよ」

「その……娘の話とかは知ってます?」

「娘? 娘は世代も違うし分からないなーここ最近あそこにも行ってないしね」

運転手は言って、信号を軽く無視して鳴海へ向かった。

堀口俊彦のナビは適切で、言われた言葉をそのまま伝えるだけでマンション前までたどり着けた。

夏目漱石を2枚タクシーの運転手に渡して、領収書を切ってもらうと、マンションを見上げた。
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