√セッテン
夏の空気の中に少し塩の香りを乗せて、

マンション708号室に「霧島」の名前を見つけ、コールする。

霧島悠太が出て、すぐ入り口のドアが開閉した。

エレベーターを使って部屋へ入ると、霧島悠太が飛び出してきた。

「寝ていなくて、大丈夫かい?」

「そんな余裕、もうないです」

「分かってる。その分僕がどうにかする……つもりだったんだけど、ちょっとね」

勢いをつけて話していたが、霧島悠太は背後に冷たい目をして立っている敦子にチラ、と視線を投げて声のトーンを落としていった。

「当たり前でしょ。時間がないなら、協力してやった方がいいに決まってるんだから」

敦子はツイ、と背を向けて、大きなドアのダイニングにあったソファへと、勢いよく座った。

「……」

敦子は相当ご立腹のようだった。

「彼女の言うとおりなんだけどね」

「すみません、敦子も同じような性格だからこそ、見てられないんです」

小さく霧島悠太に言付ける。

肉親を失い、1人でため込むことが多くなった敦子。

この前も、藤田に加えられた嫌がらせを1人でどうにかしようと泣いていた。

肉親という、どんな不条理でも笑って許してくれる、無敵の『血の絆』がもうない敦子には

1人でどうにかするしかない、と必死になる反面

人が1人で苦労する姿を見るのは嫌なのだろう。

それは、自分を見ているようで、悲しいと言っていた。

今の家族に、心から気持ちを許せていないような気持ちになって、自分を許せなくなるという。

中学の頃、敦子と別れた時に

敦子がそんなことを言っていた。
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