√セッテン

「やっぱり潤は、私の一番だよ」


「敦子、マスカラ」

「その手にはもう、乗らないんだからね」

いや本当に、と言おうとすると、霧島悠太の車がやってくる。


霧島悠太が敦子を見て、少し首をかしげた。

「黒沢君、泣かしたらだめだよ」

「俺のせいじゃないですよ」

一応断わっておく。

敦子も言及しなかった。

キラと、ライトに照らされて、敦子の胸元のオープンハートが銀色に光る。

霧島悠太はそれに気づいているのかいないのか

少し微笑んで敦子の耳元でささやいた。

「目、パンダになってるよ、飯島さん」

霧島悠太の言葉に、敦子はぎょっとして、サイドミラーを覗き込み、それから俺を睨んだ。

「……マスカラ落ちてるって、ちゃんと言っただろ」

俺は肩を少し上げて言ったが、敦子には通用しなかった。

車中で敦子の鏡を持たされながら、ちら、と敦子の足をみた。

痛みはもうないのかと聞いたら、痛いけどそれこそ寝てられないよ。

と敦子が鏡で目元をティッシュで擦りながら返答してきた。

「俺を探したとき、走ったんだろ?」

敦子の鏡は、これまた敦子の好きなANNASUIの黒い鏡だった。

それを持ち、化粧台代わりになりながら聞くと、敦子は黙って頷いた。

流れる景色を敦子越しに見て、海沿いを走っていることを把握した。

運転は霧島悠太、ナビは堀口俊彦がしていて

どこかに向かっているようだった。

敦子は涙で落ちたマスカラをこすり取ると、顔を上げた。

「無理させたな」
< 263 / 377 >

この作品をシェア

pagetop