√セッテン
「蔵持? 」

蔵持の姿がなかった。

気が付けば、蔵持七海は向きを変え、黒い海の波打ち際へと向かっていた。

白と黒の合間に、蔵持は音もたてずに進んでいく。

寄せては、引いていく波打ち際に、白い素足が降り立つ。

俺は何もできず、海の中へと進んでいく蔵持七海を見ていた。

動こうとする意思はあるのに、動き出せない。

「海は……帰る場所」

鈴のような声が、耳の奥に響いた。


「七色の海を渡り終わるころには、お姫様も王子様ももういない」


そうよ



蔵持七海が、小さく開いていた口を大きく開いた。



歌を歌いはじめた。



カチューシャのように編み込まれた三つ編みに

編み込まれた生花

白いカルトブランシュ赤いダリア

滴のようなヒペリカム


そして、睫の下でガラスのような瞳は、潤んでいた。


美しかった。


金縛りを受けていた手がやっと動いた。

膝まで黒い海に吸い込まれた蔵持七海を、引き留めようとでもいうのか

俺は急いで蔵持七海を追った。

蔵持七海の歌は、聞こえているようで、聞こえない。
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