√セッテン
「霧島さん」

「……僕は、少しだけ休ませてもらっていいかな。警察の人から連絡がきてもいいように、受付のところにいるよ」

さすがに病棟で電話は鳴らせないし、と霧島悠太が言って背を向けたところで俺は腕を引いて引き止めた。

「これ」

俺はどう伝えていいか分からず、カバンから蔵持七海のケータイを出して見せた。

「蔵持のケータイです、ホールで見つけました」

霧島悠太は、俺の手の中のD902iを黙って見つめて、そしてゆっくりと手を伸ばした。

指先がカツ、とケータイに触れて、俺の手から霧島悠太の手にケータイは移動した。

その存在を確かめるように、ケータイをまじまじと見つめると、霧島悠太は深いため息を零した。

「血が」

ケータイについていた血を見て霧島悠太は搾り出すようにして声を漏らした。

「痛かっただろうに」

サングラスの奥の瞳が、同じ色をした雫を目尻に浮かべた。

「苦しかっただろうに、七海」

ぎゅっとケータイを握り締めて、霧島悠太は顔を下げた。

その声色が、あまりに切なくて、俺は何も言えずに霧島悠太を見つめていた。

「君は七海のことを恨むかい」

「……」

「君の大切なものたちを、たくさん傷つけた。君にいくら七海が優しい子だったと言ってももう、伝わらないだろうね」

蔵持七海が、どう生きてきたのかは知らない。

俺たちの知る蔵持七海は、√の女は、残酷で、無慈悲で、冷たく恐ろしいだけの存在で、たしかにいくら霧島悠太が擁護しようと、気持ちが置き換えされるかどうか分からない。

「優しい子だったんだ、とても、とても」

でも、落ち着いた物腰の霧島悠太がこんな風に涙を落として、必死になって追いかけていた経過を見ていれば俺はそれが嘘だとは思えなかった。

「山岡さんに伝えてくるといい、もう解放されたと」

霧島悠太は1人で長椅子の並ぶ受付へと歩いて行った。
< 310 / 377 >

この作品をシェア

pagetop