√セッテン
ゾク、として顔を上げると、√の女が目の前にかがんでこちらを見ていた。

「……どうしてそんな顔、するの」

「悪いけど、俺は今敦子と山岡で手一杯なんだ。お前の相手までできない」

皮肉めいた言葉に、√の女は目を細めた。

「だから、山岡を返せ」

「嫌。もう譲るのも相手に振り回されるのもこりごり」

「俺も同感だ、蔵持」

√の女の肩を掴む。

「お前が追わされた苦しみは、たしかに過酷だった。だからって、それを他の誰かに味あわせることが正しいのか?」

「だって、潤以外は残酷な答えしか示してくれてなかったわ」

答えはいつでも、無情。

たった1つ、1つしかない。

だが、その答えに辿り着く方法は、いくらでもある。

人の愛し方も、それぞれで、自分の思い通りになど、決してならない。

生きると言うことは、数値で計れないことだってあるんだ。

「世界は、自分の意に添わないことばっかりだ。だけど、お前は歌があった、自由な歌が好きだったんだろ? 」

「……」

「七海!」

名前を呼ぶと、√の女がビク、と痙攣した。

掴んだ肩が、わななく。

「その歌、望んでくれてた人だっていただろ!?」

√の女を構成するものが、ざわざわと波立っているようだ。

「"私"、わたし、わたし……もう歌えなくて、全て奪われて……それで」

√の女は小刻みに震えると、開いていた手を俺の首に回した。

「潤、私の中に余計な光を差込まないで」

女の細腕とは思えない力に、首が悲鳴を上げる。

声を上げたいが、あげるための気管を√の女に掌握されていた。

「ただ、潤は、私を好きだって言えばそれでいい。他の誰より、私が好きだって言って死んで?」

√の女の目は大きく、禍々しく輝く。

コンピュータ室ではじめて見たときの、あの瞳と同じ。

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