√セッテン
「潤」

声は山岡のものだったが、中身はどうだか分からない。

俺は黙って、返事はしなかった。


病室に差込んでいる夏の日差しで、ドアがより白く漂白されている。


「ゆぅは、死んだの?」


やっぱり、√の女か。

ドアノブにかけていた手を離し、ドアを睨んだ。

「ねぇ」

「死んだよ。お前を守って死んだんだ」

ギシ、とベッドが歪む音がした。

「……私の為に死んだのね、ゆぅ」

ひた、と冷たい音がした。

ベッドから、落りたのだろうか。

何が言いたい、とドアノブを回すと、向こう側からノブを押さえられた。

顔を上げると、細工ガラスの覗き窓から、ぼんやりと√の女の影が見えた。

山岡のシルエットではなかった。


波打つ

長い黒髪のシルエット

驚いてノブから手を離し、逆光の影をまじまじと見つめた。

ただ声は、山岡の声のままで、室内に人が2人いるのかと錯覚する。

「死んで守れるものなんてないのに、死んだら全部おしまいなのに」

聞きにくい低い声が続く。

「もう君に人を殺させたくないって、ゆぅが言ったの」

「……」

「バカなゆぅ……死ぬのは私じゃなくて、千恵なのに」

「お前が人を殺めるのを、あの人は止めたんだ」

ドアノブから細工ガラスへ自然と手が伸びた。
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