√セッテン
ガラス越しの√の女を手で覆う。

ガラスは氷のように冷たかったが、俺の体温ですぐ溶けるように常温になった。

「お前は死んでしまったけど」

√の女は黙っていた。

話を聞いてるか、聞いていないのかは分からない。

廊下を行く患者が、俺を不思議そうに見ていた。

「だけどお前は霧島悠太の中でずっと生きてた。……守ろうとしてた。結果お前は、自分で自分を殺したんだ」

ガラスにあてた手に、向こう側から手が伸びた。

俺があてた手と重ねるように、白い指がガラスについた。

「霧島悠太は、七海は人を殺したりしないってずっと言ってた。人に傷つけられる苦しみは、お前が一番よく知ってるって言ってた。あの人は、誰よりお前のことを愛してたんだ」

「ゆぅの肩をもつのね、潤」

鈴のような声がした。

山岡の声とは、違う気がした。

「私は死ぬとき、自分を取り巻く全てを呪った。人も、自分も。死の恐怖ってこんなに空しくて悲しくて、心を空っぽにするものだなんて思わなかった」

ガラス越しに重なった手

長い黒髪のシルエットが、光に照らされて少し揺れた。

「でもゆぅは、違ったわね。潤の夢の中の千恵と敦子もそうだった。なんであんなに嬉しそうだったの? 潤には分かる? 死ぬのに、苦しいのに」

「守れたからだろ」

即答した。

彼が死に際に笑ったというなら

それしか思いつかない。

俺の夢の中で、生きろと言ってきた2人も

多分その答を手にしていたんだと思う。

あれは夢だったけど、2人なら間違いなく同じことをしたと思う。

山岡と敦子は、そういうヤツだから。

「自分が死んでも、守れたからだろ……自分に与えられた、最大の力を持って守ることを、愛するって言うんだ」

ガラスに触れていた手が降りた。

暫く沈黙した。

「私は、死んで、守れたものなんて何もなかった」

ひた、とまた足音がして、影が薄くなった。
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