助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
Fight4:僕には、チャンスはくれないのか?
あの、初契約からすでに1ヶ月経過し、蒸し暑さが気になる6月に突入していた。

「はぁ……」

パソコンの前でため息をついていると

「どうしたんだ?ルーキー賞の高井さん」

河西君が話しかけてきた。
この1ヶ月の内容は、本当に濃かった。
あの、ぽんぽこから求人獲得してからすぐ、キャリアアドバイザーのおかげもあり、あの女社長、狸村さんへ、とても良い求職者の紹介をすることができた。
その人は狸村さんとすぐに意気投合して内定、入社がトントン拍子に進んだ。

ここから、私にとって奇跡の出来事が続いた。
ぽんぽこで自信がついたこともあったのと、あの日の加藤さんの手腕を真似するようになってから、新規開拓に成功した。
2社ほど求人獲得に成功し、そこでも求職者を紹介することができた。
その成果によって、中途採用で入社半年以内の、優秀な成績をおさめた人間しかゲットすることができないルーキー賞という賞をもらうことができた。
そんな賞があることは聞いていなかったので、ある日アポから帰ったら

「おめでとう」

と言われてビビったというのが本音だった。

「何か、5月に入って急にうまく話が進んだんだよね……何でだろう……?」
「ボーナス転職の流れもうまく掴んだんじゃね?」
「何それ?」
「高井さんは前の会社、ボーナスいつ?」
「えーと……6月と12月……。河西君は?」
「俺んとこもそうだったし、どこもそうだと思うよ」
「あーそっか」
「で、大抵は転職をする時はボーナスもらった直後に辞めるっていうパターンが多いわけ。本当は1日足りとも早く辞めたいと思っても、大体このボーナスが惜しいと思うから、6月か12月のボーナス直後の退職、7月転職を考える人間が結構多いわけ」
「へぇ……」

転職をそう言う基準で考えた事なかった……。
でも確かに面接の時に「今年の年収下がるけど?」はとても聞かれたけど、こういうことだったのか……。
というか、河西君、何でそんな事知ってるのか。
河西君の上司が教えたのだろうか。

「高井さんも、ボーナスもらってからこっちに来ればよかったんじゃないの?YAIDA、めちゃくちゃもらえるんでしょ」
「うっ……」

ちなみに前職のボーナスは夏冬の2回で月収6ヶ月分。
……惜しい事、したかもしれない……。

「そ、それを言うなら河西君だって……」
「俺は金より目的」
「……河西君の目的って何だっけ……?」
「あー高井さんには言ってなかったっけ、実は俺……」

その時。

「高井さん」

突然、私達の会話に割り込んだ人がいた。

「井上さん……?」
「頼まれていた書類の準備、終わりましたけど」
「あ、ありがとう……ございます。」
「それじゃあ」

笑顔なく、さっと自席に戻っていった井上さんは、私が属している、加藤さん率いる営業チームの事務業務を一手に引き受けてくれている。
契約社員として、1年前に入社したとのこと。
年齢は20代とは聞いているが、事務処理関係のソフトを扱うエキスパートとしてチームメンバーから重宝されている。
資格も持っているらしい。
初めて彼女に書類を作ってもらった時は、私が全く使えなかったソフトの機能を使いこなし、スピードも品質もずっと上のものが出来上がって驚いた。

しかも井上さんは、ただ仕事ができるだけでは、ない。
髪型も、雑誌に出てきそうなゆるふわアレンジを加えたセミロングのハーフアップ。
メイクも手を抜いていないのか、プルプルの薔薇色の唇に、ふんわりチーク、そして人形のようにぱっちり目を演出するアイメイクを完璧に作りこんでくる。朝から晩まで一緒にいても、化粧崩れ1つ見た事がない。
洋服は、綺麗めファッションと呼ばれるカーディガンとワンピースを着こなしている。
それに何より、井上さんが近くに来ると、フローラルの良い香りがする。
それはまさに、女子の香り……!

それに加えて私は……。
朝起きるのが苦手だ。
だから、ギリギリまで寝ていたいのだ。
それこそ、朝ごはんは駅のホームで飲む缶の冷製スープとコーヒーで済ませている。
そんな状態なので、もちろん身支度は時短が命。
スキンケア・下地・ファンデーションの機能全てを持ってるBBクリームをばばばっと塗り、さっとまゆげを描き、茶色のアイシャドウ、ローズ色の口紅を塗るだけ。
さらに髪は、1000円くらいで買ったおしゃれなシュシュで簡単にお団子にまとめて癖を誤魔化す。

そんな人間が、女子の憧れを詰め込んだような女性の横に立っているのが、非常に恥ずかしい。

「加藤さん、ちょっと良いですか」

井上さんは、加藤さんに何か話しかけている。
二人の距離が、とても近い。

うーん………お似合いだなぁ……。

前ほど加藤さんに対して、敵意剥き出しにはしなくなった分、見えてきたものがある。
加藤さん……やっぱり女性に人気があるのがわかるくらい、顔立ちが整っている。
そんな男性と井上さんが並ぶと、カップルを登場させるCMのような画面に見える。

「やっぱ、あの二人できてるんじゃない?」
「うーん……井上さんなら仕方がないとは思うけど……でも……」

そんな声が、オフィスの端の方から聞こえてくる。
つきん、と胸に違和感を覚えた気がした。
……何か、虚しい。
……仕事に戻ろ。

パソコンに向き直ろうとした時

「そうだ高井さん」

と、また河西君が話しかけてきた。

「何?」
「急だけど、今日暇?」
「今日?」

スケジュールを確認してみると、特に夕方以降アポが入っているわけではなさそう。
ただし、極悪上司から変な仕事を押し付けられなければ。

「ん〜たぶん大丈夫だと思うけど……」
「あのさ、今日飲み会あるんだよ」
「飲み会?」
「そ、この間さ、初日研修で一緒だったメンバーと偶然会ってさ」
「あー!」

初日研修というのは、この会社に入ってすぐ受ける座学のこと。
特に印象的なのは、その日初めて顔を合わせるメンバーでチームを組まされ、ワークショップをするという内容。
課題に対して互いの考えをぶつけ合ったり、共に1つの課題を延々考えたり……と、濃密な時間を過ごすのだ。
その時に知り合ったのが、河西君であり、他の同期メンバー3名。
河西君は偶然同じ部署に配属されたけど、あの3人は違う部署で頑張っている。

「みんな元気だった?」
「めっちゃ大変らしい。特にCA」

CAというのは、キャビンアテンダントの略ではなく、キャリアアドバイザーの略である。

「まじかー……」

キャリアアドバイザーは、求職者の都合で色々スケジュールが左右されるので、プライベートもぐちゃぐちゃになり、体調不良だけでなくメンタルやられる人も多いと聞く。

「で、みんなで飲むかって話になったんだ」
「へえ!いいね!行きたい!」

あの濃い時間を過ごした仲間たちとは、このタイミングで会っておきたい。

「だろう?みんなも高井さんのルーキー賞のお祝いしたいって言ってたし」
「いやーそれは遠慮する」

自分が祝われるのは、ちょっとむず痒い。

「まあ、それを言い訳にみんな飲みたいだけだから。色々たまってるみたいだし……この場で愚痴ろうぜ」
「そうだね!」

愚痴りたい案件など、山ほどある。
ちらり、ともう1度加藤さんを見る。
げっ……。
何か、ずーっとこっちを睨みつけている。
目が合ってしまったので、軽く会釈だけして、河西君の方に体を向けようとすると、パソコン画面にメール新着通知が出ていた。

嫌な予感がする……。
クリックすると、やっぱり加藤さんから。
そこには、今日の夕方までにやれ、というメール文面と、それに関わる添付資料があった。

「何、加藤さん?」

河西君はもう、私の表情だけで加藤さんからメールが来たか否かはわかるようになっていた。

「そう……緊急の仕事……」
「へえ……どんなの?」
「データ分析……エクセル苦手なんだよなぁ……」

この量は……今日中には終わらないかもしれない。

「やっば、今からやっても残業になるかも……」
「え、俺手伝う?」
「いいの!?」

ぜひ助けて、と懇願しようとした時、背後から肩に手が置かれた。

「随分、楽しそうな話をしているね、高井さん」

げっ……。
いつの間に真後ろに来てたのか……。
振り向かなくても、声だけで分かる。
鬼の加藤が、そこにいる……!
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