助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
「僕が初めて担当した人だったけど、まあわがままで」
「加藤さんに、わがままって言わせる人って相当ですね」
「意味聞いて良い?」
「スルーしてくださーい」
「……まあいいや。その人、最初は君がいたYAIDAを第1志望にしてたんだ」
「へえ、YAIDAですか……」
「福利厚生はバッチリだし、年収も高いからな」
「やっぱり、あそこそうなんですね」
「……戻りたくなった?」
「いえ……未練はないんです。ただ……」
「ただ?」
「もっと、あそこで加藤さんみたいな28歳を過ごせてたら、今はもっと違う人生が過ごせたのかなーって……昨日考えちゃいました」
「それについては別の機会に討論するとして」

あ、この話題、討論として拾う気なんだ。

「その人、YAIDAの面接ほぼ全落ち。何故か分かるか?」
「え?」
「……好きだから、という言葉がNGだった」
「好き……だから……」
「彼は、車や機械を誰よりも愛していたと、言っていた。しかし、あの会社が欲しいのは、ただ好きだからという人間ではないんだ」

それなら分かる。
あの会社にいた頃、散々自分が言われてきた事だから。

「この会社の未来の為に、どう自分が役に立てるかを……考える」
「さすが、現場にいただけのことはあるね。そう。その視点を持てるかどうかが大事だ。しかし、その人は、それがなかった……」

私は、胸がかすかに傷んだ。
何故なら、これは、私がYAIDAを去りたいと考えた、最初のきっかけだったから。
この会社のために、私ができることは何だろうかと考えた結果、自分には何もないと、気づいたから。
そんな自分が、あの会社でのうのうと息を吸っていることを、見えない何かに責められた気がした。
例えばそれは、YAIDAに入りたくて仕方がなかったのに、最終面接を落とされたかつての就職仲間とか。

「だから僕は、すごく考えたんだ。この人の良さを最大限発揮できるところで、かつ望みをストレートに言っても喜ばれる場所を」

加藤さんはそう言うと、優しい眼差しでハンドルを見つめた。
もしかして……。

「その人の転職先って、ベンツのディーラーですか」
「……頭が回るようになったね」
「茶化さないでください。真面目な話ですよね、これ」
「……ああ、そうだね。……この車は、彼の初めての客として買ったものだ」
「そうなんですね!」
「もちろん、僕だって同情で買ったりはしない。説明が納得いかなかったら、即購入は見送る予定だったから。……でも、その人は、僕の期待に答えてくれた。……楽しそうに、このベンツの良さを語ってくれるんだ。でもそれだけじゃなかった」
「それだけじゃない……とは?」
「僕の生活のことに耳を傾けた上で、僕のライフスタイルに合う車……という視点で、彼は提案をしてきた。ただ、好きだけじゃない。相手に寄り添って、相手が喜ぶように話をする。その人は、それがとても上手かった。僕はそれに感動した。そして、その人を心から尊敬している」
「……良い……仕事ですね」
「そうだな……」

それからは、お互い何となく次に続ける言葉が見つからなかったのか、無言になった。
BGM代わりにつけていたラジオが丁度占いをやってて、私の星座が大きなトラブルが起きやすいと言っていたが、そんなことが頭に入らないくらい、心の中で興奮していた。

加藤さんが、私に、そんな大事な思い出話を聞かせてくれたことが、嬉しかった。
加藤さんと、加藤さんが過去に支援したと言う転職者のエピソードが、私が本当にやりたい仕事を体現しているようで……それが何より嬉しかった。

「あ」

加藤さんが急に声をあげる。

「ど、どうしました!?」
「そろそろ家、近いんじゃない?」
「あー……」

しまった、すっかり話に気を取られていて、地図を見るのをすっかり忘れていた……。

「この近くに、大きなスーパーがあるんですけど、そこでおろしてくれません?」
「……どうして」

あれ。
さっきまでの加藤さんと、また空気が変わったぞ。

「あー……実は私、家にご飯何も無くて……スーパー24時間営業なんで、そこで適当に調達してから帰ろうかなと」
「……そう。わかった。ちなみにスーパーから家は近いの?」
「あ、はい。手前を左折すれば、すぐ私の家なので」
「わかった」

そうこう言ってる間に、スーパーが見えてきた。
駐車場は無料なので、止めてもらってから下ろしてもらおう。
そう思った。しかし。

「加藤さん、ありがとうございま……!?」

加藤さんは、さも当然のような顔をして、私が言った通り、スーパーの手前を左折してしまった。
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