きらめきを抱えて、口にして。
・
廊下を歩くと、トランペットのぽーんと抜けていくような音が響いていた。
放課後といえば、部活動の時間。
入学式が終わり、1年生がいなくなった校内。そこにやってきた2、3年生が部活動に励む時間。
そんな中、私は職員室へと向かっていた。
登校早々、校門で意識を失ってしまった私。保健室で寝て帰るだけではただのサボりのような気がしたから、とりあえず担任の先生を捕まえて事情を軽く話しておこうと思った。
先ほどの2人もついてきてくれると言っていたけど、さすがにそこまでさせるのは違うなと思ったので、こうして1人で向かっている。
それにしても、こんなアクシデントから始まる高校生活って一体何。ぶつかってきた茶髪の男が何度も謝ってくれたから責めるつもりはないけど、入学式に出ずに保健室で寝て過ごしたって結構自分の中ではやらかしに近い。
でも、ちょっぴりワクワクした。新しい生活が始まるんだなって。
今まで、遅刻も早退もしたことがなくて、もちろん学校をサボったことなんてなくて。風邪をこじらせて休んでしまったことはあるけど、それもまあ至って平凡な理由だろう。
まさか、中学生の時に見学に来て通った道をこうして1人でとぼとぼと通ることになるなんて、当時の私は思わなかったよね。
そういえば、あの2人の名前聞き忘れちゃった。まあいいか、同じ学年だし、どこかで知る機会はあるよね。
そうこう考えていると、職員室についた。迷わずにたどり着けてよかった。
職員室の扉は既に開いていた。中をのぞくと、少し進んだところの床にテープでラインが引かれていて、それは入っていいところとそうでないところの境界線なのだと勝手に認識した。
「失礼します……」
恐る恐る足を踏み入れ、テープのラインまでそろそろと足を進める。
ここで私は、重大な問題に気が付いてしまった。
――私、自分のクラスが分からない。
そうなると必然的に、担任の先生も分からない。近くの壁にある職員室のデスクの配置表を見る限り、教科別になっていて、どの先生が1年生の担任なのかも分からない。
これはいわゆる"詰み"というものなのでしょうか。
一旦出直してこようかな。いや、出直してもどうにもならないや。明日の朝の自分が、「どこの教室に行けばいいの?」って困るだけだ。
意を決して、入口近くのデスクの島に向かって声をかける。
「すみません、聞いてもいいですか」
振り向いたのは、1番近くの席の若い女の先生。
「どうしたの?」
「あの、私、入学式を休んでしまいまして……」
「あれ、もしかして相生 結詩さん!?」
「はぇ!? あ、そうです!」
いきなり名前を呼ばれ、驚きのあまり声がひっくり返ってしまった。恥ずかしい。
女の先生は「よかった」と零し、机上のクリアファイルを私に差し出した。
「これ、今日配布した資料です。今週締切の提出物もあるのでお家に帰ったら、きちんと確認してね」
「はい」
「あとはクラス分け表と座席表もその中にあって……」
クリアファイルをよく見ると、書類の1番上にクラス分け表があった。取り出して眺めると、すぐに自分の名前を見つけることができた。「相生 結詩」は1年2組。男女混合の出席番号順に名簿が並んでいるから、上の方を見ていればすぐに見つかるのだ。
「1年2組」と書かれたすぐ下に、「担任:亀井 千鶴」と書いてあった。亀井先生って、もしかして……。
手元の紙から目線を上げると、先生は目元を緩ませた。
「自分の名前見つけられたんだね。私が2組の担任の亀井です。1年間よろしくね」
やはりそうだったか。確かに書類の用意が良いとは思った。
普通の先生なら、会った段階で「相生さん2組だから」と伝えるだろうから、私が心の中で「ネタバレ!」と暴れ出していたと思う。
でも、亀井先生は、クラス分け表で自分の名前を探すワクワクを奪わないでくれた。きっと先生も、学生時代にこういうの好きだったんだろうな。かなり好感度高い。
そう考えると私は目元だけでなく口元もふにゃふにゃに緩んでしまいそうで、隠すように、
「こちらこそよろしくお願いします」
と、頭を下げた。
廊下を歩くと、トランペットのぽーんと抜けていくような音が響いていた。
放課後といえば、部活動の時間。
入学式が終わり、1年生がいなくなった校内。そこにやってきた2、3年生が部活動に励む時間。
そんな中、私は職員室へと向かっていた。
登校早々、校門で意識を失ってしまった私。保健室で寝て帰るだけではただのサボりのような気がしたから、とりあえず担任の先生を捕まえて事情を軽く話しておこうと思った。
先ほどの2人もついてきてくれると言っていたけど、さすがにそこまでさせるのは違うなと思ったので、こうして1人で向かっている。
それにしても、こんなアクシデントから始まる高校生活って一体何。ぶつかってきた茶髪の男が何度も謝ってくれたから責めるつもりはないけど、入学式に出ずに保健室で寝て過ごしたって結構自分の中ではやらかしに近い。
でも、ちょっぴりワクワクした。新しい生活が始まるんだなって。
今まで、遅刻も早退もしたことがなくて、もちろん学校をサボったことなんてなくて。風邪をこじらせて休んでしまったことはあるけど、それもまあ至って平凡な理由だろう。
まさか、中学生の時に見学に来て通った道をこうして1人でとぼとぼと通ることになるなんて、当時の私は思わなかったよね。
そういえば、あの2人の名前聞き忘れちゃった。まあいいか、同じ学年だし、どこかで知る機会はあるよね。
そうこう考えていると、職員室についた。迷わずにたどり着けてよかった。
職員室の扉は既に開いていた。中をのぞくと、少し進んだところの床にテープでラインが引かれていて、それは入っていいところとそうでないところの境界線なのだと勝手に認識した。
「失礼します……」
恐る恐る足を踏み入れ、テープのラインまでそろそろと足を進める。
ここで私は、重大な問題に気が付いてしまった。
――私、自分のクラスが分からない。
そうなると必然的に、担任の先生も分からない。近くの壁にある職員室のデスクの配置表を見る限り、教科別になっていて、どの先生が1年生の担任なのかも分からない。
これはいわゆる"詰み"というものなのでしょうか。
一旦出直してこようかな。いや、出直してもどうにもならないや。明日の朝の自分が、「どこの教室に行けばいいの?」って困るだけだ。
意を決して、入口近くのデスクの島に向かって声をかける。
「すみません、聞いてもいいですか」
振り向いたのは、1番近くの席の若い女の先生。
「どうしたの?」
「あの、私、入学式を休んでしまいまして……」
「あれ、もしかして相生 結詩さん!?」
「はぇ!? あ、そうです!」
いきなり名前を呼ばれ、驚きのあまり声がひっくり返ってしまった。恥ずかしい。
女の先生は「よかった」と零し、机上のクリアファイルを私に差し出した。
「これ、今日配布した資料です。今週締切の提出物もあるのでお家に帰ったら、きちんと確認してね」
「はい」
「あとはクラス分け表と座席表もその中にあって……」
クリアファイルをよく見ると、書類の1番上にクラス分け表があった。取り出して眺めると、すぐに自分の名前を見つけることができた。「相生 結詩」は1年2組。男女混合の出席番号順に名簿が並んでいるから、上の方を見ていればすぐに見つかるのだ。
「1年2組」と書かれたすぐ下に、「担任:亀井 千鶴」と書いてあった。亀井先生って、もしかして……。
手元の紙から目線を上げると、先生は目元を緩ませた。
「自分の名前見つけられたんだね。私が2組の担任の亀井です。1年間よろしくね」
やはりそうだったか。確かに書類の用意が良いとは思った。
普通の先生なら、会った段階で「相生さん2組だから」と伝えるだろうから、私が心の中で「ネタバレ!」と暴れ出していたと思う。
でも、亀井先生は、クラス分け表で自分の名前を探すワクワクを奪わないでくれた。きっと先生も、学生時代にこういうの好きだったんだろうな。かなり好感度高い。
そう考えると私は目元だけでなく口元もふにゃふにゃに緩んでしまいそうで、隠すように、
「こちらこそよろしくお願いします」
と、頭を下げた。