きらめきを抱えて、口にして。
・
午前8時15分。
ちょうど電車と電車の間の時間だったのか、歩いている人がほとんどいない中庭。自転車が数台走るくらい。
高校生活2日目。
今日こそ、友達をつくるんだ。
外階段を上り、2階の昇降口にあるロッカーの大群から自分のロッカーを探す。昇降口が2階にあるのって珍しいなと、前々から思っていた。
ロッカーの場所は、昨日亀井先生からもらったクリアファイルの中に挟まっていたメモから、探し当てることができた。全学年のロッカーの配置図とその中の1年2組のエリア、そしてその中の私のロッカーが分かるようにメモが手書きされていた。たぶん、亀井先生はマメなんだと思う。
ロッカーとロッカーの間の通路は、そんなに広くない。人が集中する時間だと混みそうだな。そう考えると、人がいないこの時間に登校するのは良いかもしれないと思った。
そして問題は、教室だ。
なんやかんやで昨日は、帰宅後にテレビを見てゆったり過ごして早めに寝てしまった。そういうわけで深く考えていなかったけど、昨日諸々の事情(入学式の間保健室で気を失っていた)で教室に行けていないから、出遅れている感が否めない。
友達づくりは最初が肝心って、小学校に入学した時から学んでるはずなんですけどね。義務教育ってそういうところあるよね。
スーッと鼻で息を吸い、少しずつ、細く、息を吐く。まるで、緊張の糸を口の外へと紡いでいくように。
――大丈夫。
私はきっと、上手くやっていける。
待ち受けるは、平和な日々……!
1年2組の前側の入口から教室に入る。電気はついていなくて、私が1番なんだろうなと思いながらカチャカチャッと照明の電源を入れる。
私の席は廊下側の1番前。「相生」はどうしたって出席番号が1番になりがちなのだ。これは生まれ持った宿命。苗字が変わらない限り、付き合っていくしかない。
自席に着こうと電源のスイッチがある壁から後ろに振り返ると、真ん中の後ろの方に机に突っ伏している人がいた。
「ひっ!?」
人いたんかい! とツッコむより先に、驚きの念が溢れてしまった。
いたのなら電気つけておいてくれないと困るよ。怖いから。
改めて、私は自席に着く。
……暇だな。
携帯電話を手にしてもいいのだけど、中学では携帯電話の持ち込みが禁止されていたから、校内で携帯電話を触ることにまだ違和感がある。あと、携帯電話をいじっていると話しかけるなオーラを醸し出してしまいそうで、ぼっちコースへと歩を進めることになりそう。
かと言って、話す相手もいないし……いや、いるよ。
私の親友、舞衣ちゃんが!
ターンとEnterキーを叩いたかのように勢いよく立ち上がると、ガターンとそれはまた勢いよく椅子が倒れて衝撃音が教室内に響く。
うーわ、やっちゃったよ。
恐る恐る後ろを振り返ると、机に突っ伏していた人がこちらを見ていた。よく見ると、男子用の紺のブレザーを着ている。
……起こしちゃった。
「失礼しました……」
気まずさも相まって、早く立ち去りたいという気持ちが心の100パーセントを占める。さっさと出ていこう。
「相生さん」
落ち着いた心地良い声。
呼ばれたら逃げられない。そんな気がした。
「なぜ私の名前を?」
「それは出席番号が1番で、昨日教室にいなかったからかな」
その人はそう言うと、自席から立ち上がり、こちらに歩いてきた。
よくよく見ると、この黒髪どこかで見たような……。
「昨日はあれから体調は大丈夫だった?」
「あ、昨日の……!」
そうだ、昨日の人だ。目が悪いわけではないけど、自分のことに精一杯で気が付かなかった。
「体調は大丈夫だけど、その、あなたのお名前は……」
「俺は遠山 朔夜。俺も昨日は相生さんの名前知らなくて、今そこの席座ってたから顔と名前が一致したって感じかな」
「なるほど……」
それもそうか。昨日はお互い名乗ってなかったからね。
そうなるともう1人の茶髪の人の名前は何なんだろう。
「遠山……くんともう1人いた人の名前は何ていうの?」
「海斗のこと?」
「多分そう、部分的にそう」
「部分的にってどういうこと」
私の心の中の魔神が見え隠れしてしまった。危ないところだった。きっと遠山くんはネットサーフィンをしない派なんだろう。
「いや、ごめん。ナンデモナイデス。多分その方のことだと思う」
「朝比奈 海斗。7組だよ」
「7組かぁ」
7組は遠いな。中学の頃は6クラスだったから、高校で8クラスもあるのが不思議な感じ。8組の人なんてもはや廊下でもすれ違わないんじゃないかな、って思うくらい。
「2人は仲良いんだね。昨日一緒に登校してたの?」
「小学校の時から一緒にいるからね。今日も一緒に登校したよ」
「そうなんだ。電車通学?」
「ううん。自転車だよ」
「チャリ……通……?」
ここで、私の中に潜む名探偵が異変に気が付く。
昨日私は、私の背後――校門の外からやって来た朝比奈くんとぶつかったんだよね。
ということは、朝比奈くんは自転車に乗った状態で私に追突したということになるんだけど……おっと、これはパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。そっと閉じておこう。
午前8時15分。
ちょうど電車と電車の間の時間だったのか、歩いている人がほとんどいない中庭。自転車が数台走るくらい。
高校生活2日目。
今日こそ、友達をつくるんだ。
外階段を上り、2階の昇降口にあるロッカーの大群から自分のロッカーを探す。昇降口が2階にあるのって珍しいなと、前々から思っていた。
ロッカーの場所は、昨日亀井先生からもらったクリアファイルの中に挟まっていたメモから、探し当てることができた。全学年のロッカーの配置図とその中の1年2組のエリア、そしてその中の私のロッカーが分かるようにメモが手書きされていた。たぶん、亀井先生はマメなんだと思う。
ロッカーとロッカーの間の通路は、そんなに広くない。人が集中する時間だと混みそうだな。そう考えると、人がいないこの時間に登校するのは良いかもしれないと思った。
そして問題は、教室だ。
なんやかんやで昨日は、帰宅後にテレビを見てゆったり過ごして早めに寝てしまった。そういうわけで深く考えていなかったけど、昨日諸々の事情(入学式の間保健室で気を失っていた)で教室に行けていないから、出遅れている感が否めない。
友達づくりは最初が肝心って、小学校に入学した時から学んでるはずなんですけどね。義務教育ってそういうところあるよね。
スーッと鼻で息を吸い、少しずつ、細く、息を吐く。まるで、緊張の糸を口の外へと紡いでいくように。
――大丈夫。
私はきっと、上手くやっていける。
待ち受けるは、平和な日々……!
1年2組の前側の入口から教室に入る。電気はついていなくて、私が1番なんだろうなと思いながらカチャカチャッと照明の電源を入れる。
私の席は廊下側の1番前。「相生」はどうしたって出席番号が1番になりがちなのだ。これは生まれ持った宿命。苗字が変わらない限り、付き合っていくしかない。
自席に着こうと電源のスイッチがある壁から後ろに振り返ると、真ん中の後ろの方に机に突っ伏している人がいた。
「ひっ!?」
人いたんかい! とツッコむより先に、驚きの念が溢れてしまった。
いたのなら電気つけておいてくれないと困るよ。怖いから。
改めて、私は自席に着く。
……暇だな。
携帯電話を手にしてもいいのだけど、中学では携帯電話の持ち込みが禁止されていたから、校内で携帯電話を触ることにまだ違和感がある。あと、携帯電話をいじっていると話しかけるなオーラを醸し出してしまいそうで、ぼっちコースへと歩を進めることになりそう。
かと言って、話す相手もいないし……いや、いるよ。
私の親友、舞衣ちゃんが!
ターンとEnterキーを叩いたかのように勢いよく立ち上がると、ガターンとそれはまた勢いよく椅子が倒れて衝撃音が教室内に響く。
うーわ、やっちゃったよ。
恐る恐る後ろを振り返ると、机に突っ伏していた人がこちらを見ていた。よく見ると、男子用の紺のブレザーを着ている。
……起こしちゃった。
「失礼しました……」
気まずさも相まって、早く立ち去りたいという気持ちが心の100パーセントを占める。さっさと出ていこう。
「相生さん」
落ち着いた心地良い声。
呼ばれたら逃げられない。そんな気がした。
「なぜ私の名前を?」
「それは出席番号が1番で、昨日教室にいなかったからかな」
その人はそう言うと、自席から立ち上がり、こちらに歩いてきた。
よくよく見ると、この黒髪どこかで見たような……。
「昨日はあれから体調は大丈夫だった?」
「あ、昨日の……!」
そうだ、昨日の人だ。目が悪いわけではないけど、自分のことに精一杯で気が付かなかった。
「体調は大丈夫だけど、その、あなたのお名前は……」
「俺は遠山 朔夜。俺も昨日は相生さんの名前知らなくて、今そこの席座ってたから顔と名前が一致したって感じかな」
「なるほど……」
それもそうか。昨日はお互い名乗ってなかったからね。
そうなるともう1人の茶髪の人の名前は何なんだろう。
「遠山……くんともう1人いた人の名前は何ていうの?」
「海斗のこと?」
「多分そう、部分的にそう」
「部分的にってどういうこと」
私の心の中の魔神が見え隠れしてしまった。危ないところだった。きっと遠山くんはネットサーフィンをしない派なんだろう。
「いや、ごめん。ナンデモナイデス。多分その方のことだと思う」
「朝比奈 海斗。7組だよ」
「7組かぁ」
7組は遠いな。中学の頃は6クラスだったから、高校で8クラスもあるのが不思議な感じ。8組の人なんてもはや廊下でもすれ違わないんじゃないかな、って思うくらい。
「2人は仲良いんだね。昨日一緒に登校してたの?」
「小学校の時から一緒にいるからね。今日も一緒に登校したよ」
「そうなんだ。電車通学?」
「ううん。自転車だよ」
「チャリ……通……?」
ここで、私の中に潜む名探偵が異変に気が付く。
昨日私は、私の背後――校門の外からやって来た朝比奈くんとぶつかったんだよね。
ということは、朝比奈くんは自転車に乗った状態で私に追突したということになるんだけど……おっと、これはパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。そっと閉じておこう。