きらめきを抱えて、口にして。






 午後0時40分。

 お腹と背中がくっついてしまったと感じるくらいの空腹を感じていると、帰りのSHRは終わった。

 窓から差すぽかぽかとした春の陽気は、廊下側の壁にぴったりと接している私の机の方まで、ほわんとやってくる。

 空腹感がなければ、きっと春の陽気に負けて睡魔に屈服していただろう。

 私は今週の掃除当番に当たってしまい(出席番号順に班分けされたから)、教室の後ろにある掃除用具ロッカーから自在(じざい)ほうきを手に取り、掃除をしていた。




 初日の出遅れ感を感じるというよりも、休み時間の度に質問攻めをされるというなかなか予想外の展開になってしまった。

 朝、私が遠山くんと話していると、ちらほらとクラスメイトらしき人が教室に入ってきては、




「昨日朝比奈くんに姫抱(ひめだ)きにされてたよね!?」

「朝から遠山くんと話してるって一体どういう関係なの!?」




と、こんな感じの言葉を数回投げかけられた。女子に。みんな勢いが凄まじくて、私は思考回路が停止寸前だった。

 姫抱きってどういうこと。確かに私は校門付近で意識を失って、目覚めたら保健室だったけども。

 あと、話してるだけで「どういう関係なの!?」って聞かれるの怖すぎる。早とちり女子高生怖い。


 ちらっと隣の遠山くんを見ると、彼は微笑んだのだ。




「相生さん困ってるよ」




 その途端、甲高く上がる女子たちの歓声。

 いやいやいやいや、ちょっと待って。遠山くんその発言は普通真顔か、少し困ったような顔で言ってくれないと。笑みの眩しさが勝って、私が困っているの女子たちに伝わってないと思う。

 しかも女子たちは「遠山くんかっこいいー!」と口にしながらどこかへ去ってしまうので、私はさらに混乱した。

 確かによく見ると、遠山くんの顔整っているな。スッと流れるようなフェイスラインと鼻。二重のラインもくっきりとしているのに、やや下がり気味の目尻が柔らかい印象を持たせている。

 黒髪のサラッとしたストレートは、教室の照明を受けて艶めいていた。

 背も高いように感じるし、いや脚なっが。私のウエストくらいまで股下あるよね。気のせい……じゃないよね。




 そんなことを思い出していると、もう掃除の時間は終わりを告げる。

 それにしても、私は自分のことに精一杯で周りを見ていなかったのだと改めて実感した。どうやら遠山くんと朝比奈……くんは、かっこいいらしい。昨日の私は、黒髪と茶髪としか認識をしていなかった。言われてみれば、遠山くんだけでなく朝比奈くんも顔が整っていたような気もする。ふわっとした茶髪のイメージばかりが残るけれど。

 他の人がちりとりでごみを取ってくれたのを確認し、それぞれ掃除用具をロッカーにしまった。

 やっと帰れる。お腹空いた……。




結詩(ゆう)ー! 帰ろー!」




 名前を呼ばれて声がした方向を見ると、教室の出入口に長く暗めの茶髪をゆるく巻いている女の子がこちらを覗いていた。舞衣(まい)ちゃんだ。




「舞衣ちゃん!」




 私は自席に置いてあった黒い合皮のスクールバッグを手に取り、舞衣ちゃんの元へ駆け寄る。

 舞衣ちゃんと私は同じ中学出身で、中学では3年間同じクラスだったのだ。舞衣ちゃんはとてもしっかりとしていて、私が困っているといつも助けてくれる。




「あれ、私舞衣ちゃんにクラス伝えたっけ?」

「言われてないけどクラス分け表があるでしょ。昨日も結詩にメッセージ送ったのに既読つかないしさぁ」

「あぁ……ごめん、昨日携帯放置してて」

「本当だよ。聞きたいことたくさんあるのに。帰りながら聞くから」

「うん」




 空腹すぎて限界の寸前まで来ている私は、「お腹空いたし早く行こ」と舞衣ちゃんの手を引っ張って昇降口へと向かった。

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