薄氷
その後佐澤家に起こった出来事は、今だに人の口から口へ語り継がれるほど凄惨なものだった。

愛人の産んだ赤ん坊が佐澤家に引き取られてまもなく、完全に精神が崩壊した妻は自らの身体を刃物で切り裂いて自殺した。

場所は、広大な佐澤の屋敷の中心に位置する居間とのことだ。
頸動脈まで達した傷口から吹き出した鮮血は、彼女の全身はもちろん天井まで飛び散り、部屋中を赤く染めた。その染みはいくら洗っても消えることはなく、最終的には壁から床までそっくり壊して取り替えることになったそうだ。

誰もがまるで目にしたかのようにその情景を語ってみせる。がりがりに細った手で、鈍く光る刃物を握り自らに突き立てる女性。
何度も何度も…しだいに彼女自身も周りもすべてが赤く染まり、やがてその血だまりの中で倒れこと切れる…
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