薄氷
佐澤の総領息子と死亡事故なんか起こしたら、母も祖母も志深にいられなくなって…誰にとっても不幸しかない。
洸暉にこんなに抗うのは、初めて佐澤の離れに連れ込まれたとき以来だ。

「こんなところで死にたくない」
声も表情も引き()る陽澄とは対照的に、穏やかとさえいえる目をして、こちらを覗きこんでくる。

俺はいいのに。白い息とともに、言葉を吐く。
「ヒズミとなら」


———・ギッ、

足を乗せると、靴の下で氷がわずかに軋むような感覚があった。
さらにもう片方の足も下ろす。

重さを分散させるなら、なるべく彼と距離をとったほうがいいのだろうけど、なにを思うのか手を繋いだままなのだ。
滑らないよう、慎重に踏みしめる。転んで体を打ちつけたりしたら、それこそ氷は割れてしまうだろう。

氷上に立っただけでは飽き足らないのか、洸暉はさらに足を踏み出した。先へ、その先へと。
こんな危険な真似をするなんて、どうかしてる。それに付きあう自分も、どうかしてる———

静かな場所だ。靴の底が氷を踏みしめるかすかな音だけが、鼓膜をこする。
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