薄氷
容姿と頭はいいが、性格と生い立ちに難がありすぎる、というのが衆目の一致するところのようだ。

「だからね、あいつとは絶対関わらないほうがいいよ」
と真剣な表情で念押しする梢の隣で、奈美もうんうんとうなずいている。

言われなくても陽澄にそんなつもりは毛頭ない。君子危うきに近寄らず、である。

———逃れるすべは、あっただろうか。

後になって、何度も振り返っては自問した。
なかっただろう。結局のところ、東京から来た髪の長い(ちょっと可愛い)転入生の存在はどうしても人の知るところで。

同じ学校の同じフロアの並んだ教室で授業を受けていて、まったく顔を合わせないのは、現実的に不可能だ。

人生にもしもがないことは承知の上で、それでもときに思わずにいられない。

もしも、佐澤洸暉という人物が存在しなかったら、あるいは彼と出会わなかったなら、自分の高校生活とその後の人生は、どうなっていただろう、と。
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