薄氷
ぱっ、と彼の両手が離れ、眼前にあった彼の顔も遠ざかった。
髪を引っ張られる苦痛からは解放されたものの、その部分の頭皮は痺れたような痛みを伝えている。

短く息をしながら、陽澄は立ち尽くす。佐澤洸暉の存在がただ恐ろしい。
左肩に引っ掛けている鞄の持ち手を、無意識にぎゅっと握る。防具になるはずもないのに、それでも何かにしがみついていたい。

このままでは終わらないだろう、という不吉な予感があった。

はたしてお次は、二の腕を掴まれるのが分かった。

何も言わず、こちらに視線を向けることすらなく、佐澤洸暉がそのまま踵を返して歩き出す。バランスを崩し、思わずたたらを踏んでしまった。彼に斟酌(しんしゃく)する気配はない。

腕を引かれるまま、佐澤洸暉に付いて歩くしかない。「やめて、離して」その言葉がどうしても出てこない。

そのまま貸出カウンターの横を通り過ぎる。カウンターの内側には、図書委員とおぼしき何人かの生徒の姿が見えた。

なぜ誰とも目が合わない?
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