薄氷
視線の動きだけで、荷台に座るよう示される。

…乗りますよ、乗ればいいんでしょう。
半ばやけくそで、荷台にまたがる。

彼がサドルに腰を下ろし、ペダルを踏み込む。

どこに向かうんだ…呆然と胸のうちでつぶやいた。

二人を乗せた自転車は校門を走り抜け、陽澄の家がある旧地区と呼ばれる住宅地とは逆方向にハンドルを切る。

そっちの方向知らないよ。行ったことないのに。目の前の背中に、心の中で恨み言を並べる。
信号待ちで止まるたび、下りて走って逃げようか、と何度も頭をよぎった。がしかし、鞄を“人質”に取られているのだ。

逃げられない…ハンドルにぶら下がって揺れている自分の鞄に、うつろな視線を投げる。
すべて計算ずくの行動なのか、というありがたくない疑念がじわじわと体を包んでゆく。

さびれた国道沿いの道を、自転車はスムーズに走る。
前方に顔を向けたまま、ふと佐澤洸暉が片手をハンドルから離してこちらに回してきた。荷台の前部につかまっている陽澄の手をとると、そのまま彼の腰に引き寄せる。

つかまれってこと? いや無理!
振りほどいてすぐに荷台を握り直す。目の前の血が通っているであろう人間より、固い金属の感触のほうがまだ温かく感じられるのはなぜだ。
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