薄氷
彼が自転車を降りたので、続いて陽澄も降りる。

佐澤洸暉が木戸を内側に押し開ける。無言でうながされ、おっかなびっくり敷地内へ足を踏み入れた。
こんな状況下でも、思わず見とれてしまった。タイムスリップしたような感覚に陥る。

威風をたたえた、それでいて典雅な純和風の屋敷と庭園の景色が、目の前に広がっている。
いくら田舎は土地が安いといっても、この広さは規格外だろう。そしてこれだけの屋敷と庭を維持している佐澤家の財力に空恐ろしささえおぼえる。

圧倒されている陽澄を尻目に、こっちとでも言うように、佐澤洸暉が自転車を押して先を歩く。

そういえば彼は屋敷の離れに一人で暮らしているんだっけ…
怯えから目を逸らしたくて、流れてくる思考だけを追っている。

はたして屋敷の裏手、北側に位置する場所にこじんまりした木造の平屋があった。こじんまり、といっても母屋に比べればという話で、面積でいえば須田家と同じくらいありそうだ。

建物の横手には、塀にそって竹やぶが生い茂っていた。さきほど通ってきた前庭には、たしか松とたぶん梅もあったから、自宅の庭に松竹梅が揃っていることになる。
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