薄氷
庇が伸びた離れの玄関の扉は、一本引きの引き戸になっていた。
ふたたび彼がポケットから鍵を取り出して錠に差しこむと、カラカラと扉を開ける。当然のごとく中にうながされ、あらためて何をやっているんだろうと自問しながら玄関をまたぐ。

なんで、ほとんど名前と素性しか知らない同級生の男子の(一人暮らしの)家にいるんだ?
そろそろ帰宅しないと、祖母が心配しそうだ。そう言ったら帰してくれるだろうか。

佐澤洸暉が自転車ごと三和土(たたき)に入ってきた。
「上がって」と自転車を止めながらぶっきらぼうに口にする。

「…お邪魔します」
彼と自転車に押されるようにスニーカーを脱いで、上がり(がまち)に足をかける。内部は日本家屋の趣を残しつつ、現代風に改装されている様子が見てとれた。

上がって右手側に廊下が続き、ドアがいくつか。障子や襖ではなく、ノブがついた開閉式のドアだ。

自分の鞄とハンドルに引っ掛けていた陽澄の鞄を手にとった佐澤洸暉がすぐ横に立つ。
奥、とだけ口にした。
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