薄氷
身体ごと押されるように、後ろ向きで歩かされる。その先にあるのは———

嘘だ、と破裂しそうな頭の中で叫ぶ。それだけは…

膝の裏にベッドの縁が当たった。そのまま肩に体重を加えられて、あっけなく押し倒される。
「離して!」
この期に及んでようやく叫び声が出た。今の今まで信じたくなかったことが、非情な現実となってのしかかろうとしている。

跳ね上がろうとする陽澄の体を、佐澤洸暉が手際よくベッドの中央に追いやる。

「やめて!」
捕らえて首尾よく寝ぐらに咥えこんだ獲物を、みすみす逃す獣がいるはずがないと分かっていても、こみ上げる恐怖に押し出されるように、悲鳴がほとばしる。
「怖いっ、やめてよ」
歯の根が合わない声で訴える。

わたしは違う、と言葉をなさない思考が渦まいている。わたしは佐澤の坊だから、と喜んで身をまかせる田舎の女の子なんかじゃない、だから…

おおいかぶさってくる彼の胸板に、必死で両手を突っぱって抗う。制服のシャツごしに、肋骨を感じる薄い身体が、(いわお)のように重く感じられる。
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