薄氷
志深(しふか)。中部地方に位置する内陸県にある、過疎と高齢化が進んでいる、人口わずか数千人の地方都市。母の故郷にして、捨てたはずの場所だった。

『人の悪口と噂話しか娯楽がない場所』と母が折に触れてこきおろしていたおかげで、田舎町に張り巡らされたネットワーク網の強固さはひしひしと感じる。

母が娘を連れて東京からみじめに出戻ったことも、須田家の経済状況も、どころか母のパート先にいたるまで、ここではもう周知のことになっているはずだ。

来たくて来た場所じゃない。それでもここで暮らしていくしかない。
力なく寝返りを打つと、ベッドが軋んで悲鳴のような音をたてた。
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