薄氷
陽澄を芯から凍りつかせたのは、自分を見る佐澤洸暉の双眸だった。もしそこに陋劣(ろうれつ)で単純な欲望が映っていたら、こちらも軽蔑や怒りをバネに死に物狂いの抵抗ができたかもしれない。

あるのはただ、深い井戸の底をのぞきこんだような、どこまでも昏い色彩だった。
あるいは、獣はこうして獲物をとどめをさすのだろうか。その残酷さを、己に課されたものとして受け容れて。

そんな目で見ないで…

ひたひたと押し寄せる絶望に抗うように、相手の胸を押し返す腕にありったけの力をこめる。

陽澄の両脇に手をついて、いわゆるマウントポジションをとっている佐澤洸暉が、ふと右の手を浮かせた。
そのまま自分の首元に手をやり、垂れ下がるネクタイに指をかける。

転入した新しい高校の制服は、男子はグレーのズボンに水色のネクタイ、女子は同じくグレーのスカートに水色のリボンである。配色もデザインも野暮ったいと、陽澄は内心嫌っている。
その水色のネクタイを、佐澤洸暉が鬱陶しそうにシュルシュルとほどいてゆく。

なんだ?…
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