薄氷
佐澤洸暉が三和土のスニーカーを突っかけて、玄関の三分の一を占めている自転車のハンドルに手をおいた。

視線を投げられたが、陽澄は動くことができない。
無理だ。引いているだろう血の気がさらに遠のく。この状態で荷台にまたがって振動を加えられたら、また出血してしまうだろう。

「無理、乗れない」
ひどく掠れてこわばった声が出た。

どう解釈したのか不明だが、佐澤洸暉は自転車から手を離し、玄関の引き戸を開けた。

結局、彼の後をついて歩くしかない。庭を通り、来たときと同じ木戸をくぐって外に出た。
陽はすっかり傾き、周囲には闇が迫っている。

沢渡(さわたり)のほうだっけ」
質問ではなく確認する口調だった。

なんで人の家の場所を知っているんだ…足元から闇に絡めとられてしまいそうだ。

返事を求めるでもなく、彼が歩き出す。

「駅まででいい」
あとは分かるから…絞り出した声を背中に投げたが、伝わっただろうか。
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