薄氷
ベッドの上で膝を抱えたまま手元に視線を落とすと、手首の擦過傷と鬱血がいやでも目に入る。
身体の痛みや違和感はだいぶ薄らいだが、佐澤洸暉への恐怖心は増すばかりだ。

彼はあのとき、プラスチックの小袋(あえて名称は呼びたくない)をポケットに忍ばせていた。
あんなものをいつも携帯しているとは、さすがに思えない。
公立校には、ときどき持ち物検査なるものがあると聞くし。

つまりあの日、いやその前からかもしれないが、彼は最初からそのつもりだった。そして実行に移した。周到、かつ大胆に。

陽澄の名や住んでいる地区まで知っていた。目をつけ情報を集めたのだ。
彼の命令なら動くような連中がいるはずだ。

東京から出戻ってきた家の娘で、面倒な男親がいない女所帯。と考えると、我ながら獲物に好都合な条件が揃っていることに気づいて、ぞっとした。

逃げなくては、彼から、ここから———思うだけでどこへも動けないまま、のろのろと陽が傾いてゆく。
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