薄氷
梢と奈美と話していたのは廊下側の席だったから、空いている窓から当然教室の外も視界に入っていた。

どこかのクラスでホームルームが終わったようだ。廊下の向こうから、ざわめきと足音と人の気配が近づき、窓の横を通り過ぎてゆく。

何人かの無遠慮な視線を感じた。仕方ない、まだ自分の存在は目新しいのだ。じきに集団に埋没して行くだろう。

———十戒?

最初に脳裏をよぎったのはそんな古めかしい単語だった。一人の男子生徒が通り過ぎてゆく。
その存在感は明らかに特異だった。まるで周囲に見えないシールドが張られているように、他の生徒たちは実に自然に彼から距離を保っているのだ。

海を割るモーセのごとく集団を隔てながら、どこか気だるげな足取りで歩いている。一瞬彼と目があった、気がした———

すぐに人並みは通り過ぎ、場には小さな沈黙が落ちた。
「あの、今の男の子って、誰?」
ちらりと廊下に視線を向けてから、梢と奈美に思わず問うた。
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