薄氷
「すごい、早いね」
素直に賞賛の声をあげる。

鼻を鳴らしたところをみると、まんざらでもなさそうだ。

数学関係の本もあるけど、とすいと本棚に視線を流す。
「読む?」

「んー、わたしには理解できないと思う」
教科書ですら頭が痛くなるというのに、この上数学の本って。
面白いの、と素朴な疑問を口にする。

「面白い、っていうか…」言葉を探して、落ち着く、と言った。

「落ち着く?」
どういう意味だろう。

「数学は真理(しんり)だから」

真理…

「どの世界でも、思想信条を超越して、というか宇宙の果てまでいっても、1+1=2だ。それだけは変わらない」

内容はともかく、洸暉がこんなに長いセンテンスを喋ったのは、記憶にあるなかで初めてではなかろうか。
数学が好きなんだな、と感じると同時に胃の底をチリチリと灼くような感覚があった。
なんだろう、これは…

宿題があっさり解決したことに安堵しながら、自分のうちに湧く感覚に戸惑っている。

そのあと体を重ねたベッドで、陽澄は初めて自分から腕をのばして彼の体に回した。

ぎこちなく首から、汗ばむシャツごしに背中へと。肩甲骨のあたりが一瞬、かたく張りつめるのが手のひらに伝わってくる。

ネクタイを外しシャツの前をはだけた格好だった洸暉が、腕を動かすとシャツを脱ぎ捨てた。首回りに手をかけ、インナーのTシャツも引き抜くように脱ぎ去る。

彼の肌の熱に触れながら、名を呼んでほしいと願う。

ヒズミ、と。
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