薄氷
あるいは———これはただの思いつきだ。

彼はもはや志深という土地には、欲情することさえできないのかもしれない。
だとしたら、なんて哀しいやつなんだろう。

どう思考を巡らそうと深掘りしようと、もう自分の居場所は洸暉の隣だけだった。

この場所すら失ってしまったら…想像することは恐怖だった。
佐澤洸暉の女から、佐澤洸暉に捨てられた女になる。ゼロすら突き抜けてマイナスだ。

自分のうちに目をこらし耳をすませるまでもない。
一人で数学に四苦八苦したくない、あまつさえ、捨てられたくないとまで願っている惰弱さがただ憎かった。

時間だけは、ただ確実に平等に流れてゆく。

田舎は空き地が多いな、と陽澄はいまだに思ったりする。
東京では空き地にお目にかかることは、ほぼなかった。
更地を目にすることはあっても、それは即ち建築予定地だ。

志深ではそこここに、なんにも使われていないほったらかされた土地があるのだ。
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