薄氷
越してきた頃は、一面にそよぐ青々とした猫じゃらしを久しぶりに見たと、ノスタルジックな気分になったりしたものだ。

冬枯れした雑草を、自転車の荷台に揺られて眺めながら、季節の移ろいを感じている。
手袋をはめた手を洸暉の腰に回して、彼の背にもたれるようにくっついて。

いつから、かははっきりしない。急ブレーキかカーブでバランスを崩しかけて、とっさに目の前の背中にしがみついたのがきっかけだろう。

越えてしまえばどうということもなく、なぜか少し楽になったのを覚えている。
こうしたほうが安定するなと、当たり前のことを感じた。

いつのまにか佐澤家の離れで、シャワーを借りてから帰路につくようになった。
汗ばんだまま外気にあたると風邪を引きやすいから…そういったことは、ただの建前だ。

馴れてきたのだ、彼にも、この生活にも。これが日常になっている。
そんな自分がときに空恐ろしくもあった。

最初は獣が潜む洞穴のように禍々しく、恐怖と嫌悪の対象でしかなかった離れで過ごす時間さえ、ときに学校にいるときより安寧をおぼえているのだから。
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