薄氷
佐澤(さざわ)洸暉(こうき)、と固い表情で梢が答えた。

佐澤の(ぼん)だよ、と奈美が言い添える。

やっぱり田舎ってめんどくさいな、という自分の心の声が顔に出ていないことを願うしかない。
佐澤家。その名は志深に来てまだ日が浅い陽澄でさえ知っていた。建物や会社の名称にちらほら見かけることもある。

閉鎖的なこの地方都市で、知らぬものはいない旧家で、大地主で、素封家で、ようするに志深という土地を実効支配している一族。

佐澤洸暉は本家の総領息子だと、梢は忌みごとのように口にした。

えらいのが同級生にいたもんだ、とひやりとしたものが背筋を撫でる。

だいじょうぶだよ、と取りなすように奈美が言う。
「向こうさんは理数系特進クラスだから。うちらとはカリキュラムがかぶることないし」

その言葉と、うちら、と仲間に加えてくれる言い回しに安堵をおぼえる。
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