薄氷
月がめぐり新学期を迎えて、三年生に進級した頃、陽澄と洸暉の日常(といっていいのか)にささやかな変化が訪れた。新顔が加わったのだ。

空気もだいぶ(ぬる)んだある日。いつものように佐澤のお屋敷の門をくぐると、離れではなく、こっちと彼の足が違う方向へ向いた。今までにないことだ。

なんだろう、と後に続く。
母屋と棟続きで増設されているガレージに足を踏み入れた。シャッターが開け放され、広々したスペースに、車が一台停まっていた。車には詳しくないが、見るからに立派な車種だ。

彼の父親が一台は乗っていくだろうから、佐澤家が現在所有する車は二台なのだろうか。多いのか少ないのかよく分からない。
少なくとも現当主は車道楽ではなさそうだった。

車の後方に位置どって、それが置かれていた。
一台の、バイク。ボディやタイヤの光り具合から、新品だと察しがついた。

「どうしたの、これ」
とりあえず訊いてみる。

「カワサキZ125プロ、124CC、4速ミッション、小径ホイールモデル」

そういうことではなくて…
「コウキのバイクなの?」
彼の名前を口にするたび、禁忌に触れてしまったような冷やりとした感覚が拭えない。彼に倣うように、陽澄も彼の名を極力カタカナのように平板に発声する。
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