薄氷
その日もそうして、いつものように自転車で離れまで連れてこられた。
まだ日は高かった。

今日はちょっと遠出する、といつものように唐突に洸暉が口にした。

「遠出」
その単語を繰り返す。結局自分に拒否権はないのだ。彼が遠出するというなら自分も遠出する。ただどこに行くのかくらいは知りたい。

隣の市に、ひとり言のように彼が口にする。
「今月で営業終了する映画館があるって」

「へー」
とりあえず合いの手を入れる。

「そこに行ってみようかと」
「映画観るの?」
映画館に行くというならそういうことなのだろうけど。

うん、と口のなかだけで言う。
「映画、っていっても、昔の映画らしいけど」
「昔の映画?」
「名画座ってやつかな。旧作を安い価格で上映してるとこ」

聞いたことはあるような。渋い映画ファンが足を運ぶ小さな劇場のイメージだ。

「オーナーがほとんど趣味でやってたらしい。建物も本人も老朽化して閉じることにしたって」

洸暉はどこからそんな情報を入手したんだろう。その施設を佐澤家が買い取る話でもあるのだろうか。
そんなあれこれを考えながら、バイクにまたがる。

映画を観に行くなんて久しぶりだ。作品はなんだろう。ちょっぴりわくわくする反面、チケット代の心配も頭をよぎる。つくづくお金がないのは不便だ。
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