薄氷
流れこんでくる風が、去年より伸びた髪をくすぐって、首もとがこそばゆい。

風景が志深から、見慣れない場所に変わってゆく。
隣の市、といっても志深と代わり映えのない、こちらも田舎町だ。

法定速度を遵守した2人乗りの運転なので、それなりに時間がかかった。

「場所分かるの?」
信号待ちのとき、ヘルメット越しに声を張って訊いた。

「頭に入れてきた」
首だけこちらにひねって、彼にしてはボリューム大きめの声で返してくる。

地図って頭に入るものなのか。自分には逆立ちしてもできない芸当だ。

その言葉に偽りはないようで、彼が運転するバイクは迷いなく町中を進んでゆく。

すっかりさびれてシャッター通りになっている商店街を横目に眺めて、どこも似たようなものだなとぼんやり思っていたら、不意にバイクが止まった。

ここ? 映画館の存在を目で探して、驚きと戸惑い、そして失望が胸に訪れる。

詐欺じゃない、と言いたくなる。
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