薄氷
大衆に合わせることができれば、(たぶん)生きやすくなる。
でも誰にでも、それができるわけではないのだろう。
洸暉はなにか興味を引かれるのか、しげしげとポスターを眺めている。

やああって、布張りの扉を押し開け劇場の中に入った。
カビと埃の匂いが、いっそう濃く鼻をつく。

今までこんなに狭い映画館を見たことがなかった。映画館というか、さしずめ映画小屋だ。
学校の教室くらいの広さで、ちょうど黒板の位置にスクリーンがある。

通路を一本はさんで、席が並んでいた。
赤いビロードとおぼしき生地は今にも擦りきれそうで、クッションは見るからにへたりきっている。

そういえば映画館の座席がたいてい赤なのはどうしてだろう。そんな伝統でもあるのだろうか。

なかほどの席に、彼と並んで腰を下ろした。予想通り、座り心地は最悪だった。

むかし観た『ニューシネマパラダイス』という古いイタリア映画を思い出した。
あのイタリアの片田舎の村の映画館でも、ここよりは広かった気がする。
< 98 / 130 >

この作品をシェア

pagetop