きらめく星と沈黙の月
碧……。
碧は、スプーンを動かす手を止めて私を見つめる。
そして、ゆっくりと語り始めた。
「…昨日から熱があったんだ。昨日は微熱だったから練習にも参加した。体調悪いなぁとは思ってたけど、休むことの方が怖かった…」
静かに、そして噛みしめるように、碧は言葉を紡ぐ。
「今朝、死ぬほど体が重くて、呼吸がしづらかった。だけど…休むわけにもいかない。今日が正念場だって分かってたし、俺が投げないとって思ってた。だから、最初は体調不良を隠してマウンドに立った。
栗はすぐに俺の異変に気づいた。1回が終わってすぐ、顧問に交代を要請しに行った。けど、それを俺が止めたんだ。まだ大丈夫だから投げさせてくれって。それと、俺の体調が悪いことは顧問と栗と俺の3人だけの秘密にしてくれって、頼んだ。
俺があの段階でマウンドを降りるわけにはいかなかったんだ。あれが1、2回戦なら降りてたかもしれない。でも、準決勝だから…。降りられなかった。工藤先輩を信頼してないとかじゃなくて、現実的に考えて俺が降りないのが最善の策だと考えてたんだ。それは、栗や顧問と話し合った結果でもある。
正直、息が苦しくて、視界も定まんなくて、キツかった。けど…たかが体調不良で泣き言を言うわけにはいかないじゃん。俺だけがしんどいわけじゃない。連戦で体がキツいのは皆同じ。それに、後ろを守ってる先輩らのことは心から信じてた。それに、打線も順調だった。だから、折れずに投げ続けられた。
けど…5回が始まる頃には、もう限界でさ。立ってるのも難しいぐらいで。さすがにマネも先輩も、俺のことに気づいて、交代を訴えてきた。正直、俺も交代したかった。このままマウンドに立ってたって役に立たないのは目に見えてたから。
でも……。工藤先輩の顔を見てると、降りれなくて…。すんげぇ不安そうな顔してんの。先輩の手が震えてるのも分かった。他の部員やマネージャーも、まるで負けが決まったみたいな顔になったんだ。
そんなの見せられたら、投げるしかねぇじゃん。もう無理だって放り出すことなんてできなかった。ぶっ倒れたっていいから投げないとって…。
5回表で4番が打席に立ったとき、俺…勝負できなかった。
逃げたんだ。
1番したくないプレーに逃げた。
皆、俺に期待してエースを背負わせてくれてる。その期待を裏切れない。だから、逃げた。ヘタに打たれて流れが悪くなるのが怖かったんだ。
案の定、栗は交代させてもらえって言ってきた。でも、俺にはできなかった。怖かったんだ。マウンドを降りるのが。理由は分からない。ただ、俺はここにいなきゃいけない。逃げは許されない。そう思った。
けど…全然アウトがとれなくて、体力だけが削られてって…。また、あの4番が回ってきた。もうとっくに限界は超えてた。まともな判断も、的確なコントロールも失ったまま、敬遠を選んだ。
まさか、打たれるなんて思ってもみなかった。
ものすごいショックだったけど、その時、切れかかっていたスイッチが入ったんだ。絶対負けない。こんなところで俺らの夢を終わらせてたまるかって。
気持ち面ではそうでも、体力がもうないのは事実。でも…俺の役目は投げることだから。絶対に抑えないといけないって執念で、6回はなんとかなった。
でも……。それ以上はもう無理だった。どんなに投げたくても、身体が動かなくて。立ってられなくて。見かねた顧問が交代を要請してくれた。とにかくベンチで休みたかったけど、俺はライトと交代だった。正直、あの時ばかりは顧問を恨んだ。
もう無理だって身体中が悲鳴あげてて、今にも倒れるんじゃないかって自分が不安だった。でも、工藤先輩の方が不安そうな顔をしててさ…?
ピッチャーの不安を解くには、守備の鉄壁さを見せつけるのが手っ取り早い。そう思った矢先、俺の方へ打球が飛んできた。
何がなんでも絶対捕って、工藤先輩の不安を解かないといけない。そうじゃないと藤北が終わる。もうどうなったっていい。死ぬ気で手を伸ばして飛び込んで、無事に捕球できた。そこからの工藤先輩は、見違えるようなプレーをしてくれて、打線も順調だった。
そんなとき、工藤先輩の事故が起こった。もう…身体も限界だったけど、メンタルも限界だった。工藤先輩がダメなら、次は誰が投げる?そうなったとき、俺しかいなくて…。全員の視線が俺に向けられた。
……初めて部員が…野球が…怖いと思った。俺はもう無理なのに、お前しかいないって目で見られて。
でも…俺以外誰が投げるんだって話じゃん…。俺しかいない。俺がチームを甲子園に連れていくしかない。皆俺に期待して、頼ってくれている。だったら、やってやろうじゃないか。
死に物狂いで投げたのは覚えてるけど、他は覚えてない。それくらい朦朧とした意識の中で投げた。唯一覚えてるのは、4番にホームランを打たれたこと。あとのことは覚えてない。
ベンチに戻ってからのことはうっすら覚えてるんだ。9回裏、一点リードされた状態でダブルプレー。あの時の光景が忘れられない。俺がホームランを許してしまったばっかりに、チームが追いつめられている。俺のせいで崖っぷち。
挽回するしかない。しなければならない。ハッキリそう思った。だけど…綺麗にセンターフライ。
俺は最後の最後までチームに迷惑をかけつづけたんだ」
碧は、スプーンを動かす手を止めて私を見つめる。
そして、ゆっくりと語り始めた。
「…昨日から熱があったんだ。昨日は微熱だったから練習にも参加した。体調悪いなぁとは思ってたけど、休むことの方が怖かった…」
静かに、そして噛みしめるように、碧は言葉を紡ぐ。
「今朝、死ぬほど体が重くて、呼吸がしづらかった。だけど…休むわけにもいかない。今日が正念場だって分かってたし、俺が投げないとって思ってた。だから、最初は体調不良を隠してマウンドに立った。
栗はすぐに俺の異変に気づいた。1回が終わってすぐ、顧問に交代を要請しに行った。けど、それを俺が止めたんだ。まだ大丈夫だから投げさせてくれって。それと、俺の体調が悪いことは顧問と栗と俺の3人だけの秘密にしてくれって、頼んだ。
俺があの段階でマウンドを降りるわけにはいかなかったんだ。あれが1、2回戦なら降りてたかもしれない。でも、準決勝だから…。降りられなかった。工藤先輩を信頼してないとかじゃなくて、現実的に考えて俺が降りないのが最善の策だと考えてたんだ。それは、栗や顧問と話し合った結果でもある。
正直、息が苦しくて、視界も定まんなくて、キツかった。けど…たかが体調不良で泣き言を言うわけにはいかないじゃん。俺だけがしんどいわけじゃない。連戦で体がキツいのは皆同じ。それに、後ろを守ってる先輩らのことは心から信じてた。それに、打線も順調だった。だから、折れずに投げ続けられた。
けど…5回が始まる頃には、もう限界でさ。立ってるのも難しいぐらいで。さすがにマネも先輩も、俺のことに気づいて、交代を訴えてきた。正直、俺も交代したかった。このままマウンドに立ってたって役に立たないのは目に見えてたから。
でも……。工藤先輩の顔を見てると、降りれなくて…。すんげぇ不安そうな顔してんの。先輩の手が震えてるのも分かった。他の部員やマネージャーも、まるで負けが決まったみたいな顔になったんだ。
そんなの見せられたら、投げるしかねぇじゃん。もう無理だって放り出すことなんてできなかった。ぶっ倒れたっていいから投げないとって…。
5回表で4番が打席に立ったとき、俺…勝負できなかった。
逃げたんだ。
1番したくないプレーに逃げた。
皆、俺に期待してエースを背負わせてくれてる。その期待を裏切れない。だから、逃げた。ヘタに打たれて流れが悪くなるのが怖かったんだ。
案の定、栗は交代させてもらえって言ってきた。でも、俺にはできなかった。怖かったんだ。マウンドを降りるのが。理由は分からない。ただ、俺はここにいなきゃいけない。逃げは許されない。そう思った。
けど…全然アウトがとれなくて、体力だけが削られてって…。また、あの4番が回ってきた。もうとっくに限界は超えてた。まともな判断も、的確なコントロールも失ったまま、敬遠を選んだ。
まさか、打たれるなんて思ってもみなかった。
ものすごいショックだったけど、その時、切れかかっていたスイッチが入ったんだ。絶対負けない。こんなところで俺らの夢を終わらせてたまるかって。
気持ち面ではそうでも、体力がもうないのは事実。でも…俺の役目は投げることだから。絶対に抑えないといけないって執念で、6回はなんとかなった。
でも……。それ以上はもう無理だった。どんなに投げたくても、身体が動かなくて。立ってられなくて。見かねた顧問が交代を要請してくれた。とにかくベンチで休みたかったけど、俺はライトと交代だった。正直、あの時ばかりは顧問を恨んだ。
もう無理だって身体中が悲鳴あげてて、今にも倒れるんじゃないかって自分が不安だった。でも、工藤先輩の方が不安そうな顔をしててさ…?
ピッチャーの不安を解くには、守備の鉄壁さを見せつけるのが手っ取り早い。そう思った矢先、俺の方へ打球が飛んできた。
何がなんでも絶対捕って、工藤先輩の不安を解かないといけない。そうじゃないと藤北が終わる。もうどうなったっていい。死ぬ気で手を伸ばして飛び込んで、無事に捕球できた。そこからの工藤先輩は、見違えるようなプレーをしてくれて、打線も順調だった。
そんなとき、工藤先輩の事故が起こった。もう…身体も限界だったけど、メンタルも限界だった。工藤先輩がダメなら、次は誰が投げる?そうなったとき、俺しかいなくて…。全員の視線が俺に向けられた。
……初めて部員が…野球が…怖いと思った。俺はもう無理なのに、お前しかいないって目で見られて。
でも…俺以外誰が投げるんだって話じゃん…。俺しかいない。俺がチームを甲子園に連れていくしかない。皆俺に期待して、頼ってくれている。だったら、やってやろうじゃないか。
死に物狂いで投げたのは覚えてるけど、他は覚えてない。それくらい朦朧とした意識の中で投げた。唯一覚えてるのは、4番にホームランを打たれたこと。あとのことは覚えてない。
ベンチに戻ってからのことはうっすら覚えてるんだ。9回裏、一点リードされた状態でダブルプレー。あの時の光景が忘れられない。俺がホームランを許してしまったばっかりに、チームが追いつめられている。俺のせいで崖っぷち。
挽回するしかない。しなければならない。ハッキリそう思った。だけど…綺麗にセンターフライ。
俺は最後の最後までチームに迷惑をかけつづけたんだ」