それは、心からのキス
 

「美空――」


 そう言って、小さな正方形のテーブルの向こう側から上半身を乗り出し、私の唇の端についていたらしい生クリームを弘人がその唇と舌で取り去っていったのは、高校二年生の冬の夜のことだった。


 高校二年生の冬の夜、私の部屋で弘人が買ってきてくれたケーキを食べていたときのこと。


 私は、弘人の顔がこちらに近づいてくるのをぼうっと眺めていた。

 ケーキを早くも食べ終わっていた弘人は、アイスコーヒーも飲み干し、グラスに残っていた氷を噛み砕いていたから、最初舐め取るように触れられた舌はとても冷たく、続いた唇の体温は逆にとても熱く感じたことを今でも細かに覚えている。


「………………ぇ?」


「……クリーム、ついてた」


 私が硬直して何も言えないままでいると、最初こそ目を合わせなかった弘人は、そのうちいつものように私のお気に入りのクッションを自分もだとその低反発具合を堪能しはじめた。

 そうして、いつものように私が愛読しているコミック誌をパラパラと流し読み――


「じゃ」


 ――いつものように、カーキ色のコートを肩に掛けるだけの帰り支度を始めた。


「風邪、引くよ」


「どんな距離だよ。大丈夫」


 反射的にいつも通りの見送りをしてしまった私に、弘人もまた同じ返答をして、二軒隣の自宅へと帰っていく。


 また明日。


 うん。また明日。


ご近所で幼馴染みである弘人は、何事もなかったように部屋から出ていった。階下では、母親と弘人が言葉を交わし笑い合う音を感じる。

 私は残された部屋で、触れられた唇を指でなぞった。
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