それは、心からのキス
 ……なんで?


 訊いても、ひとりきりの空間で答えなど返ってくるはずもなく。


 ……彼女、いるよね?


 つい最近も、弘人が同じ高校の女子と並んで歩く光景を目にした。いつも見かけるのと同じ女の子で、その子がそういう対象なのだと、弘人と同じ高校の友達から聞いていた。


 ぐるぐると脳内を思考が巡る。


 キス、のようなものだった。

 あんなことは初めてで。

 そういった行為を軽々しく出来る人じゃない。少し人見知りで優しすぎるところもあるけれど、不実なことなんて……想像する弘人の内面など、幼馴染みであっても何も解っていないのだと落胆し、私はしばらくして考えるのをやめた。だって……。


 幸せに、感じてしまったから。


 弘人のことが好きだ。

 けれど、実ることなんてとうに勝手に諦めてしまった私にとって、これは好きな人に触れられるチャンスでもあって。

 彼女がとか、卑怯だとか、後悔や罪悪感なんて、そんなものはあって当然で。


 けれど、幸せだったんだ。


 後日、弘人が彼女と別れていたことを知る。それがいつのことだったのかを、あの夜と照らし合わせようとはしなかった。

 私はそれらを全部知りながら飲み込み、逃げ、弘人とのキスのようなものを大切にした。



 そうして、その大切にしたキスのようなものは、以降も回数が重ねられることとなる。


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